小説

  • そしてまた君は呟く〈1〉

    《玻璃の樹木たる少女は微笑む》  闇の中心に、重厚な木製扉が据え付けられていた。闇と扉とを繋いでいるのは、扉の左端にあるふたつの蝶番だ。そしてそれは、銀色をした細身の針で留められていた。針の後端には、…
  • そしてまた君は呟く〈0〉

    《人間じみた電脳の呟き》  視界一面に広がる無機質なスカイブルーが目に刺さる。ヘッドマウントPCに搭載された有機ELディスプレイの発色は、液晶より格段に良く、美しくもあるが、しかしながら決して目に優し…
  • エンゼル=コードの誘惑

     まばゆい銀色で覆われた半球状の神世界ドォムは、地上から眺め、想像していたよりも、遥かに美しい場所であった。  見る者に圧倒的美を感じさせる要因の最もたるは、この場所に直線が存在しないことだろう。通路…
  • 雨の降る夜に、恋は

     それは、幸福な幻想だった。僅かに開いたドアのすき間からこぼれ出した、愛しい紫煙が我が身を包む、身勝手で愚かなまぼろし。  たたん、たたん。錆びた金属製の手すりを雨粒が叩く。打ちっぱなしコンクリートの…
  • おじさん、責任をとる

    「おじさん、ちょっと書いて欲しいものがあるんだけど」  朝からひとりで出かけていた彼は、夕方帰宅するなり、リビングのソファで寛ぐ私の前に数枚の紙を差し出してきた。 「いいけど……これ、何?」 「転入届…
  • おじさん、マフラーを買う

     ふと目を奪われたその鮮やかな色を、私は『黄緑』としか表現できない。  立ち止まってそれをじっと見ていたら、彼が気付いて「綺麗なライムグリーンだね」と言った。こんな些細なことでさえ、ふたりの間に確かな…
  • おじさん、東京へゆく

    『連休が取れたから一緒にどこか行こうか』 『じゃあ、東京いこ。服欲しいから』 『いいよ。上野とか、有楽町とか? それとも銀座かな?』 『えっ、そこ百貨店しかないじゃん』 『えっ、上京して買い物するなら…
  • 有意義な逡巡

     自身の唇に指で触れる癖がついた。真木がそのことに気が付いたのは最近になってからだが、恐らく二か月ほど前から始まったことだろうとは、当人もすぐに予想がついた。丁度、タバコを吸わなくなった頃だ。  大学…
  • 有意義な支配―或いは依存―

     ただ、そばにいて欲しいと思った。海田の胸にそんな想いが湧いたのは、大学の入学式当日。キャンパス内でビラ配りをしていた真木に、海田は思わず声をかけていた。  愛情に飢えていたわけではない。両親にはそれ…
  • 有意義な怠惰

     この場所には、いつだって陽が当たらない。真木が訪れる度、ここは四階建てコンクリート造りの校舎が作り出す、長い影で覆い隠されていた。  歩道の脇には芝生が植えられていて、五月ということで花壇にはちらほ…