小説
-
-
-
渋々ながらベッドに仰向けになった彼の上に、僕は馬乗りになった。 「ふふ、良い眺め」 彼の整った顔に手を伸ばす。そっと頬を撫で、上へと指先を這わせた。左目の瞼を上下に大きく開かせ、指でそのまま固定し…
-
-
-
最近、凪は少し変わった。 これまで、恋人である楓を溺愛するあまり、髪一本から足の爪に至るまでを満遍なく愛でることはあった。しかし、今は楓の身体の一部分に異常な執着を抱くようになっていた。 きっか…
-
-
-
濡れたTシャツの白い布地が肌に張りつき、うっすらと皮膚の色が透けて見えた。女のような膨らみなどない、まっ平らな胸。しかしそこに、二つの尖りがはっきりと存在を主張している。 「凪、も、しつこい……って…
-
-
-
流川ながれかわがオーナーを勤めるコンビニの二階が、彼の住居だ。 人件費削減のための長時間労働を終え、疲れた体で二階に上がり、玄関を開けると、見計らったように奥から声がかかった。 「流川さ~ん、ねえ…
-
-
-
喫茶月読堂のドアベルは鳴らない。繁華街に類する立地ではあるが、大通りに面していないため一見客はほとんど入らないし、珍しく来店者があっても、あまりに活躍できないそれは、すっかり錆び付いてしまっているの…
-
-
-
ベッドに押し倒した相手にキスをしながら、その耳に触れるのは、水無瀬の悪い癖だ。舌を絡ませ、唇を食み、わざといやらしい水音をたてながら、同時に指で耳朶の端を摘まみ擦り、耳介に沿って撫で上げれば、はした…
-
-
-
鳥羽千波ちなみの記憶は、幼馴染みである伊勢嶋史樹ふみきの花綻ぶような笑顔で始まっている。 『ちなちゃん、これ、もらってくれる?』 まだ小学生にもならなかった頃、史樹から突然差し出されたのは、ジュズ…
-
-
-
気もそぞろ、というのはこういうことをいうのだろう。海田は、手にした箸の先からテーブルの上へと転がり落ちた昆布巻きを、反対の手で口に放り込みながらそう感じていた。 クリスマスを過ぎた辺りから、自身の…
-
-
-
無様に横たわる僕の心を救ったのは、穏やかな春の陽射しだった。 まだ幼かった頃に走り回った田園風景。思春期の甘酸っぱい秘め事を心に宿したまま過ごした校舎。期待に胸を膨らませて降り立ったターミナル駅。…
-
-
-
『純文学』という言葉が嫌いだ。芸術的価値のある作品こそが至高かつ純粋なる文学の形なのだと云いたげな、高尚ぶった響きが鼻持ちならない。 そもそも、私自身物書きであり、書いているものは『純文学』にあたる…