小説

  • 監視

     真っ白な部屋で、それを監視することが、ここでの僕の仕事だった。  それとは、目の前に置かれた巨大な強化プラスチック製の箱に収容された被験体だ。今日の被験体は、茶色く汚れたぼろ布のような衣服を身に着け…
  • 幻覚

     視覚とは、本当に見えているものだけを捉えているわけではない。これまでの経験を元に、脳が勝手に補足している場合もあるそうだ。さらに、思い込みによってありもしないものが見えてしまうこともあるのだという。…
  • 鼻をかむ

     ひどい頭痛だった。一週間ほど前から、右側頭部が鈍く痛むのだ。同時に目の奥をぐじぐじとほじくられるような嫌な感じもしていた。それも右目だけだ。  体の不調は、まず喉の違和感から始まった。次いで鼻水が出…
  • 仕事

     錆びついた鉄扉の鍵穴に、同じく錆びつき今にも折れそうな鍵を差し込み、素早く回した。かちゃりと軽い音がし、作業服の男はノブを回して手前へ引く。 「うわっ」  開いた扉と一緒に、真っ赤な塊がごろりと転が…
  • 胡桃割人形

    大事な大事な私の人形。 大きく大きくお口を開けて。 小さな小さな胡桃を咥えて。 そぉれ、いちにいの。 さん。 * * *  小さな町の、秋の夕暮れ。傾きゆく真っ赤な太陽が、少女の影を大きく映しだす。恐…
  • 年神さまにおねがい

     今年の夏、妻と離婚した。役所に届けを出したのは、丁度結婚十年目の記念日のことだった。  原因は明らかに僕にあった。毎日、毎日、仕事のことだけを考え、家庭のことなど省みたこともなかったのだ。ただ、妻と…
  • 明く年

     しんと冷えた夜の空気が、開け放った窓から流れ込み、私の体を包んだ。肺の奥まで凍えるような外気は、ぬるま湯に浸かったようにぼんやりと浮かれ現実感を失っていた私の脳を、すぐに覚醒させてくれた。覚醒すれば…
  • 織女星の涙

     七月七日、七夕の夜。 空に眩く輝く天の川に祈れば、願いが叶うという。  幾多の星が帯状に並び、そうして成された大河を眼前に望みながら、織姫は大きく溜息を吐いた。  織機の椅子に腰掛け、細く白い足をぶ…
  • にわかぱんだ好きに興味ありません。(4)

     篠沢を顎でダウンさせた人物は、伊奈理沙子。  中国に留学していて、日本に戻ったのはつい先月のこと。  本日より篠沢たちの所属する辻研究室に入るのだという。  今年で二十三歳だというが、篠沢にはとても…
  • にわかぱんだ好きに興味ありません。(3)

     院生が主に利用するのは、校舎の南棟と呼ばれる部分。  そこはほとんどの教室が研究室で占められているので、南棟よりも研究室棟という呼称のほうが実際はよく使われる。  極稀に行われる院生用の講義は、校舎…