短編
-
-
-
暴力はすべてを支配する。 酸漿ぬかづき仰生あおいは、暴力を信仰していた。 彼が初めて他人に暴力を振るったのは、十二歳の時だった。 仰生は両親の顔を知らない。物心つく前から施設で育ち、施設の職員…
-
-
-
六月の夜の闇が、じっとりと影を踏む。 午後八時、家路につく少年の足取りは酷く重い。ありもしないぬかるみに踏み入っている心地すらした。 予備校から遠ざかっていくにつれ、歩道に面した建物が減っていく…
-
-
-
とっくに廃校になったと聞く小学校のそばに、その店はあった。建物全体としては、民家のようでいて、しかし一階部分はガラスの引き戸を左右に開け放たれ、ごちゃりと物が並んだ棚が、外から丸見えになっている。 …
-
-
-
飼い主が死んだ。彼の目の前で。 違法な薬物に溺れ、結果、惨めに老いた裸身を晒したまま、皮膚の弛んだ胸元を掻きむしりながら、苦しみ悶えて死んでいった。 ざまあない、と思いはすれど、彼はそれを声には…
-
-
-
喫茶月読堂のドアベルは鳴らない。繁華街に類する立地ではあるが、大通りに面していないため一見客はほとんど入らないし、珍しく来店者があっても、あまりに活躍できないそれは、すっかり錆び付いてしまっているの…
-
-
-
緑のにおいが実りのにおいに移り変わって久しい。木々の枝先で揺れる葉は、赤や黄色、茶色になり、涼やかな風が吹き抜ければ、たちまち飛ばされ、地面に落ち、積もっていく。あちらこちらの木の根元には、落葉の山…
-
-
-
空は高く、どこまでも青い。雲一つない、まさに日本晴れ。 そして私の目の前には、きらきらと輝く一面の黄金色。こうべを垂れているそれら一本一本は、ずっしりと重い実をつけた水稲だ。僅かに残暑の影を残した…
-
-
-
駆ける。 靴底でしっとりとした土を捉える。 髪が流れる。 夏独特の爽やかな風を肌に感じながらの疾走。 息があがる。 首筋を汗が伝っていく。 弾む心臓は、まるで自分の物ではないかのようだ。…
-
-
-
しっとりとした空気が肌を包み込む六月。窓から空を見上げれば、重厚感のある鈍色の雲が一面を覆っている。鼻をくすぐるのは、もうすぐ落ち始めるであろう雨の気配だ。梅雨入りはもう少し後になりそうだが、それで…
-
-
-
教室の壁に掛けられたカレンダーに、大きな数字の5が踊る。 高校に入学してからの最初の一ヶ月は、あっという間に過ぎ去ってしまった。入学式の際には満開だった桜も散り落ち、枝には既に瑞々しい若葉が繁って…