短編

  • 終わる夏と終わらないもの

     降り注ぐ太陽の光は刺さるように鋭く眩しい。それによって熱された空気はなかなか冷めることがなく、指先を動かすことすら億劫な猛暑日が続いている。  エアコンで冷やされた部屋の中で過ごせるのならば、暑さも…
  • 冬を愛した人

     アスファルトの表面に、ゆらりと陽炎がたっている。それは決して幻想などではなく、夏特有の強い日差しで道路が熱せられたことで起こった、紛れもない現実だ。  立ち並ぶ街路樹からは、蝉の鳴き声が聞こえる。 …
  • 春色ピアノ

     制服の上に羽織ったコートのポケットの中で、指先に触れるかさりと乾いた感触が、鋭い刃先のように胸を刺す。けれど、それでもそこから指を離せないのは、彼女が痛みごと、この現実を受け入れようとしているからだ…
  • 約束しない約束

     十二月二十三日、二学期の終業式を前にしたこの日は、祝日で学校が休みだった。私はたまたま欲しいものがあって、ひとりで近所にある大型ショッピングモールを訪れていた。店内には、軽快なジングルベルが流れてい…
  • 静寂の中で逢いましょう

     本が好きだ。静寂が好きだ。ページを捲る微かな音が静寂に融けていく瞬間が、堪らなく好きだ。  澄香は、読書をする時間というもの自体を愛していた。幼い頃から、彼女はそういう性質だった。他のこどもと遊ぶよ…
  •  今年の夏は、異様に暑い。雨はもうひと月ほど降っておらず、地面はどこもからからに乾いていた。それなのに空気だけはねっとりと肌に張りつくような湿り気を帯びていて、不快感を煽る。テレビでも、この気候を連日…
  • 十二年越しの約束

       懐かしい思い出は、今ではもう記憶の奥底でセピア色に染まっている。 『ボールを投げるの、すごく上手だね。純哉君は』 『ほんとう?』 『本当だよ。野球選手になれるんじゃないかな』 『じゃあ、ぼく、お…
  • 祝福された僕たちの終わり

     同性結婚が、ついにこの国でも法で認められることとなった。  世界の風潮を鑑み、さらに国内の人権団体からの度重なる抗議運動も影響してのことだと、法案が可決される前後は、どのメディアも法案成立までのいき…
  • 白を征服するために

     それは、決して不快とは言い難い苛立ち。開かない窓越しに、積りゆく新雪を眺めるしかない幼児の心境に似ていたかもしれない。 「何で速水先生は描かねえの」  机上に広げられたスケッチブックは、隅だけが適当…
  • きみの目玉と僕の嘘

     僕は、嘘が嫌いだ。嘘をつけばかならずどこかで誰かを傷付ける。だから僕は、自分自身にすら嘘を付かないよう、正直に生きている。 「目玉が好きなんだ」  木箸の先端を、皿の上に横たわる頭と骨だけになった鯵…