シリーズ

  • おじさん、東京へゆく

    『連休が取れたから一緒にどこか行こうか』 『じゃあ、東京いこ。服欲しいから』 『いいよ。上野とか、有楽町とか? それとも銀座かな?』 『えっ、そこ百貨店しかないじゃん』 『えっ、上京して買い物するなら…
  • 有意義な逡巡

     自身の唇に指で触れる癖がついた。真木がそのことに気が付いたのは最近になってからだが、恐らく二か月ほど前から始まったことだろうとは、当人もすぐに予想がついた。丁度、タバコを吸わなくなった頃だ。  大学…
  • 有意義な支配―或いは依存―

     ただ、そばにいて欲しいと思った。海田の胸にそんな想いが湧いたのは、大学の入学式当日。キャンパス内でビラ配りをしていた真木に、海田は思わず声をかけていた。  愛情に飢えていたわけではない。両親にはそれ…
  • 有意義な怠惰

     この場所には、いつだって陽が当たらない。真木が訪れる度、ここは四階建てコンクリート造りの校舎が作り出す、長い影で覆い隠されていた。  歩道の脇には芝生が植えられていて、五月ということで花壇にはちらほ…
  • すべてを、夏のせいにして。

       よく晴れた日中に部屋に篭もり、窓ガラスを通して、隣家の屋根の上、雲の少ない青い空をぼうっと眺めていると、世界からひとり置き去りにされたような孤独が感じられる。  けれどそれは、ひと月ほど前までの…
  • 熱帯夜に、答えを。

     異常な熱を感じていた。絡み付くような湿り気を孕んだこの空気に、だ。決して自分自身のせいではない。悠はそう自分に言い聞かせながら、勉強机に向かっている。  ベッドと本棚、そして勉強机だけが整然と設置さ…
  • 何の変哲もない日曜日、食卓にて。

     いつも通り、穏やかな日曜の朝だった。  午前十時。ようやく起き出してきた悠は、のろのろと誰もいない食卓に座る。洗濯機の音が家の奥から聞こえてくる。食卓の窓から見えるガレージには、父親の車が見えた。 …
  • 監視

     真っ白な部屋で、それを監視することが、ここでの僕の仕事だった。  それとは、目の前に置かれた巨大な強化プラスチック製の箱に収容された被験体だ。今日の被験体は、茶色く汚れたぼろ布のような衣服を身に着け…
  • 幻覚

     視覚とは、本当に見えているものだけを捉えているわけではない。これまでの経験を元に、脳が勝手に補足している場合もあるそうだ。さらに、思い込みによってありもしないものが見えてしまうこともあるのだという。…
  • 鼻をかむ

     ひどい頭痛だった。一週間ほど前から、右側頭部が鈍く痛むのだ。同時に目の奥をぐじぐじとほじくられるような嫌な感じもしていた。それも右目だけだ。  体の不調は、まず喉の違和感から始まった。次いで鼻水が出…