舞台:現代

  • 有意義な食事、そして無慈悲な現実

     気もそぞろ、というのはこういうことをいうのだろう。海田は、手にした箸の先からテーブルの上へと転がり落ちた昆布巻きを、反対の手で口に放り込みながらそう感じていた。  クリスマスを過ぎた辺りから、自身の…
  • 季節と共に移ろいゆくのは

     早朝の空気が、きん、と澄んだ冷たさを纏っていた。呼吸のたびにそれが肺を満たす感覚が酷く心地よく、走る足取りも軽くなる。  見慣れた川べりの土手を横目で捉えれば、ちらほらと鮮やかな赤が見えた。前日まで…
  • 雨の降る夜に、恋は

     それは、幸福な幻想だった。僅かに開いたドアのすき間からこぼれ出した、愛しい紫煙が我が身を包む、身勝手で愚かなまぼろし。  たたん、たたん。錆びた金属製の手すりを雨粒が叩く。打ちっぱなしコンクリートの…
  • 有意義な逡巡

     自身の唇に指で触れる癖がついた。真木がそのことに気が付いたのは最近になってからだが、恐らく二か月ほど前から始まったことだろうとは、当人もすぐに予想がついた。丁度、タバコを吸わなくなった頃だ。  大学…
  • 有意義な支配―或いは依存―

     ただ、そばにいて欲しいと思った。海田の胸にそんな想いが湧いたのは、大学の入学式当日。キャンパス内でビラ配りをしていた真木に、海田は思わず声をかけていた。  愛情に飢えていたわけではない。両親にはそれ…
  • 有意義な怠惰

     この場所には、いつだって陽が当たらない。真木が訪れる度、ここは四階建てコンクリート造りの校舎が作り出す、長い影で覆い隠されていた。  歩道の脇には芝生が植えられていて、五月ということで花壇にはちらほ…
  • すべてを、夏のせいにして。

       よく晴れた日中に部屋に篭もり、窓ガラスを通して、隣家の屋根の上、雲の少ない青い空をぼうっと眺めていると、世界からひとり置き去りにされたような孤独が感じられる。  けれどそれは、ひと月ほど前までの…
  • 熱帯夜に、答えを。

     異常な熱を感じていた。絡み付くような湿り気を孕んだこの空気に、だ。決して自分自身のせいではない。悠はそう自分に言い聞かせながら、勉強机に向かっている。  ベッドと本棚、そして勉強机だけが整然と設置さ…
  • 何の変哲もない日曜日、食卓にて。

     いつも通り、穏やかな日曜の朝だった。  午前十時。ようやく起き出してきた悠は、のろのろと誰もいない食卓に座る。洗濯機の音が家の奥から聞こえてくる。食卓の窓から見えるガレージには、父親の車が見えた。 …
  • マッチョに言い寄られてました。

     学校から自宅までの道中にある河川敷。その草っぱらに腰をおろして、ぼんやりと川の流れを眺めて時間を潰すのが、高校生になってからの僕の日課だった。  そこで特別、何をするでもない。ただ、自宅で過ごす時間…

サイトトップ > 舞台:現代