舞台:現代

  • 願いは、ラムネ色の夢

     湿気を孕み限界まで熱膨張を繰り返した空気の感触は、静かで穏やかかつ、圧倒的な暴力だ。見えないいくつもの手で荷重をかけてくるそれは、被制圧者の抵抗心すら、ぐずぐずと浸食するように、音も無く崩していく。…
  • 赤い目覚め

     触れることのできないその赤を、私は美しいとさえ感じた。その感覚は、まさに赤い目覚めであっただろう。  三角錐を逆さにし、そこから角という角を奪い去り、上向きになった底の部分を発展途上の少女の胸部のよ…
  • 喫茶店の街

     私が初めて喫茶店というものに入ってみた時、そこの主人はあからさまに嫌そうな顔をして「イヤホーンは外してくれないか」と告げた。  その言葉に、自然と眉根が寄った。 「イヤホーンなんて、してませんよ」 …
  • イトマキニンゲン

     アパートを出て、駅に向かうまでの道のりで、『今日はいやに人通りが少ないな』と、なんとなくは思っていた。本当に『なんとなく』だ。けれど、両耳は音楽プレイヤーから伸びたイヤーフォンで塞がれて、外の音なん…
  • 年神さまにおねがい

     今年の夏、妻と離婚した。役所に届けを出したのは、丁度結婚十年目の記念日のことだった。  原因は明らかに僕にあった。毎日、毎日、仕事のことだけを考え、家庭のことなど省みたこともなかったのだ。ただ、妻と…
  • 明く年

     しんと冷えた夜の空気が、開け放った窓から流れ込み、私の体を包んだ。肺の奥まで凍えるような外気は、ぬるま湯に浸かったようにぼんやりと浮かれ現実感を失っていた私の脳を、すぐに覚醒させてくれた。覚醒すれば…