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暴力はすべてを支配する。 酸漿ぬかづき仰生あおいは、暴力を信仰していた。 彼が初めて他人に暴力を振るったのは、十二歳の時だった。 仰生は両親の顔を知らない。物心つく前から施設で育ち、施設の職員…
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すべてを悪い夢にしてしまいたかった。 『――悪い。それだけは、無理だ』 しかし彼の声は確かに耳の奥にこびりついていて、その残響が僕の胸を鋭く何度も切りつけている。 鈍重な足取りで、一体どこをどう…
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とっくに廃校になったと聞く小学校のそばに、その店はあった。建物全体としては、民家のようでいて、しかし一階部分はガラスの引き戸を左右に開け放たれ、ごちゃりと物が並んだ棚が、外から丸見えになっている。 …
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飼い主が死んだ。彼の目の前で。 違法な薬物に溺れ、結果、惨めに老いた裸身を晒したまま、皮膚の弛んだ胸元を掻きむしりながら、苦しみ悶えて死んでいった。 ざまあない、と思いはすれど、彼はそれを声には…
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流川ながれかわがオーナーを勤めるコンビニの二階が、彼の住居だ。 人件費削減のための長時間労働を終え、疲れた体で二階に上がり、玄関を開けると、見計らったように奥から声がかかった。 「流川さ~ん、ねえ…
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ベッドに押し倒した相手にキスをしながら、その耳に触れるのは、水無瀬の悪い癖だ。舌を絡ませ、唇を食み、わざといやらしい水音をたてながら、同時に指で耳朶の端を摘まみ擦り、耳介に沿って撫で上げれば、はした…
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鳥羽千波ちなみの記憶は、幼馴染みである伊勢嶋史樹ふみきの花綻ぶような笑顔で始まっている。 『ちなちゃん、これ、もらってくれる?』 まだ小学生にもならなかった頃、史樹から突然差し出されたのは、ジュズ…
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教室の壁に掛けられたカレンダーに、大きな数字の5が踊る。 高校に入学してからの最初の一ヶ月は、あっという間に過ぎ去ってしまった。入学式の際には満開だった桜も散り落ち、枝には既に瑞々しい若葉が繁って…
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幼い頃、酪農の体験学習で高原に行ったことがある。 どこにあるなんという場所だったかは忘れてしまったけれど、そこには泊まり込みで自給自足生活を体験できるのがウリの小さなペンションがあった。 体験学…
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窓ガラスの向こうに広がる青い空を行く鳥たちは、どこまでも自由だ。なにかに縛られるわけでもなく、行く手を阻むものもない。 窓から柔らかな光が差し込む。窓際に置かれた和彦の机上は、そこだけが春であるか…