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  • アイスな恋のはじめかた

     閉店間際のスーパーの店内は、人も疎らだ。  蛍の光がゆったりと流れる中で、私は買い物カゴを手に足早に必要なものをそこへ入れていく。  いつも仕事帰りに、このスーパーに寄るのが私の日課だった。一人暮ら…
  • その指先で狂わせて

     普段であれば消毒液のにおいで満たされている清潔感のある室内に、不釣り合いなバターの香りが漂う。濃厚なそれの中に、華やかなバニラの芳香を感じとれば、にわかに目眩が誘われた。 「注意力散漫。これで何回目…
  • 今夜も、フロントカウンターで。

     酷い雨の音が、ガラス一枚隔てたロビーにまでも届いている。エントランスの自動ドア越しに、濡れたアスファルトに反射する街頭の光が、じわりと滲んでいるのが窺えた。  フロントカウンターの内側で、笹山はそれ…
  • 救いがないならせめて、

     角の丸い石が、そこら中にごろごろと転がっている。適当な大きさの石を拾い、それを僕は目の前に積み上げている。  すぐそばには大きな川が穏やかに流れていた。空は青くなく、紫のようなピンクのようなオレンジ…
  • 僕とおっぱい

     愛が地球を救うなんてテレビではよく言ってるけど、僕はそんなのは、嘘っぱちだと思う。そもそも愛だけで地球が救えたら、争いなんて起こるはずもないじゃないか。 「――僕は思うんだ。こんな荒んだ世の中で僕を…
  • にわかぱんだ好きに興味ありません。(4)

     篠沢を顎でダウンさせた人物は、伊奈理沙子。  中国に留学していて、日本に戻ったのはつい先月のこと。  本日より篠沢たちの所属する辻研究室に入るのだという。  今年で二十三歳だというが、篠沢にはとても…
  • にわかぱんだ好きに興味ありません。(3)

     院生が主に利用するのは、校舎の南棟と呼ばれる部分。  そこはほとんどの教室が研究室で占められているので、南棟よりも研究室棟という呼称のほうが実際はよく使われる。  極稀に行われる院生用の講義は、校舎…
  • にわかぱんだ好きに興味ありません。(2)

     先日の一件以来、結局篠沢の白衣は、合わせをとめずにだらしなく開かれたままにされている。あの後、逆井が『とりあえずやればわかる』としつこく薦めてきたものだから、篠沢は半信半疑ながらも実行に移すことにし…
  • にわかぱんだ好きに興味ありません。(1)

     同じ言葉を一体何度耳にしたか、彼はもう覚えてなどいない。 「ねぇ、篠沢君って動物行動学が専攻だったよね?」  資料の書籍に目を通していた最中だっただけに、突如として現れた女性のその台詞は、余計に篠沢…