カミさまのいうとおり!第4話

 

「……あの日」

 ぽつりと寿老が言葉を漏らした。再び彼は芝生の上に腰をおろし、立てた両膝を組んだ手で抱え込んだ。

「四月の、入学式の日。式が行われていた体育館の窓が開いてたんだ。僕は、たまたま体育館のすぐ外にいて……中からは、君の声が聞こえてきたよ」

 ――聞いていたのか、あれを。

 彼の言葉を聞いた途端、恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じた。

「自分の信じる未来を語る君は、誰よりも輝いて見えた。眩しくて、他のすべてが霞んでしまうほどにね。僕は、琴子、君の持つ情熱が心底羨ましいと思ったんだ。僕には、とても手なんて届かない存在だって」

「そんなこと」

 ない。

 現に、寿老はあの日、私の元に現れたじゃないか。

 しかし私の言葉を遮って、彼の話は続く。

「でも、あのバラが、そんな僕を奮い立たせてくれたのさ。……琴子は覚えているかい? あの日、君に渡せなかったバラの花束を」

 ふわりと華やかな甘い香りが、記憶と共に蘇り、再び私の鼻腔をくすぐる。シーズンにはまだ早い四月だというのに、あの白いバラたちは寿老の腕の中で優しく花開いていた。

「あの、メッセージカード付きの」

 答えながら、ルーズリーフの切れ端で作られた簡素なメッセージカードを思いだすと、少しだけ可笑しくなる。

 対して寿老は真剣な表情で頷いた。

「あれは、僕が育てたバラじゃない。体育館裏に、昔使われていた荒れた花壇があって……そこで咲いていたバラなんだ。誰も世話をしていないのに、つぼみをつけたまま越冬して、そして季節外れの花を咲かせた。それを見つけたのは、たまたま君の話に聴き入った僕が体育館のそばにいたからだ。奇跡、いや、運命すら、僕は感じたよ。だからそのバラを摘んで――申し訳程度にメッセージカードをつけて、君の元に向かった。あの時は本当に、ちょっと、興奮していたのだろうね。突然あんなことを言って、その、悪かったと思っているよ」

 そう、結局あのバラの花束を私が受け取ることはなかった。当時は何も思わなかったが、あの花束に彼の想いがこもっていたのだと思うと、何とも申し訳ない気持ちになる。申し出を受け入れるかどうかはさておき、花束に罪はないのだから。

「今日も、騙したようにここに連れてきて、すまなかったね。でも、君と話せて良かった。――僕は、自分が間違っていたとは、思わない。今でも、間違っているとは思っていないよ。琴子のような自信が、やっぱり僕にはないことも、よく分かった」

「……はい」

 人の心を変える力なんて、私には、ない。

 私は、後に続くであろう彼の言葉を待った。彼も言葉を選んでいるのか、その表情から逡巡している様子がはっきりと伺える。

 私たちを包む木立の影は、随分と長くなっていた。

「でも」

 しばしの沈黙を破り、寿老が口を開く。

「僕は、やっぱり、弱い」

 言って寿老は、はは、と空笑いをした。

「今の農業……いや、社会のカタチは、良くない。本当にね。農業で使用した農薬によって環境破壊を引き起こしているし、その土地で絶滅してしまった生物の別種を連れてきて、そこで繁殖させるなんて計画がいくつも上がってる。蛍なんかが良い例だ。生物は、適当に増やせばいいってものじゃない。別地域からの生物の流入は、その土地固有の生態系を壊す。植物でも、動物でもそれは変わらない。……農薬が引き起こすこういった事態に対して、農業は、何の責任も取ることが出来ない。遺伝子組換え技術も、まだまだはしりだ。それによって生み出された植物が、農薬のように後々社会的な影響を及ぼしたとしたら……そう考えると、琴子、僕は、恐いよ。そんな重い責任なんて、とても取れない」

 じわりと額に汗が浮かび、流れた。

 木陰で過ごしていても、じわりじわりと迫る暑さが私たちを追い立てている。

「……けど、君の話を聞いて、何だか目が覚めたような気がするよ」

 ふ、と寿老が柔らかく笑んだ。花のつぼみが綻ぶようなささやかな微笑だった。暑さをまるで感じさせない涼やかな彼の表情は、少しだけキラキラしていて、氷のように私の胸の内へ溶けた。

「責任を取れる、取れない、じゃない。取らなきゃいけないんだ、僕らは。責任を取る――責任を取れるような農業に変えていかなきゃいけない。祖母の件で、僕は農薬に負けないバラを作ればすべてが解決すると思っていた。けれど琴子に言われて気付いたよ。違ったんだ、そんなことじゃ、祖母が身をもって示した花卉栽培の問題点は活かされないままだ。それじゃあ、駄目なんだ。農薬の使い方、害を徹底衆知させ、祖母のような薬害被害を無くさなきゃいけない。当然、遺伝子組換えも、もっともっと、問題を洗い出して、解決の手立て見つけることにこれまで以上に尽力する必要があるだろう」

『責任を取れる農業』

 寿老の口から出たそのフレーズは、私が頭の中でもやもやと燻らせていた想いそのものを的確に表現したものだった。

 彼の言うとおりだ。農薬や動植物の遺伝子組換え種を用いれば、人体や自然環境に何らかの影響を与えうることは、既に明らかなのだ。だから、その使用者や開発者は、その点を考慮しなくてはいけない。利益や効率だけを追い求め、最低限の責任すら放棄している現状から、責任が取れる範囲で使用・開発していく農業環境の構築を目指さなくてはいけない。有機農法は『責任を取れる農業』の最もたるものだろう。

 最終的に目指すべきは、私はそこだと思っている。けれど、当然、急に転換するなど無理な話だ。まずは、彼のように『責任が取れる農業を行う努力をすること』が重要であると、多くの農業人に理解してもらうことが課題だろう。しかし、そこまで考えて農業を行うには、農家に余裕がなくては難しい。自分以外を気遣うには、人間誰しもかなりの力を要するものだ。そこで『天高七福神計画』が重要になってくる。農業の地位を向上させ、農作物の価格を見直し、農家の生活が安定することが約束されれば、農家も『責任が取れる農業』を安心して行うことが出来るだろう。

 ひとつひとつの小さな欠片は、すべてどこかで繋がっているのだ。それが、ようやく寿老に届いたのだと思うと、胸の奥が熱くなった。

「それが、君の話を聞いてよく分かった。やっぱり、琴子はすごいよ。農業への情熱に溢れていて、自信もある。自分以外に目を向けられる優しさも持ってる。僕の目に、狂いはなかったよ。……でもどうやら、僕は君に求められるような男ではなかったみたいだけどね」

 冗談めかして肩をすくめ、寿老は苦笑した。

 一方の私も、自身を褒められたことがくすぐったく、照れ隠しに笑って見せた。

 木漏れ日が私たちの頭上から降り注ぐ。穏やかな風がそよいで、木々がさざめく音が耳に心地よい。

「手を貸すよ」

「え?」

 唐突な言葉に戸惑う私の肩を、寿老が軽く叩いた。

「僕に何が出来るかは分からないけど、君の考えは理解できたから」

「あ……、ありがとうございます!」

 喜びに声を張る私をよそに、寿老はすかさず「でも」と付け加えた。

「僕はこれからも、遺伝子組換えの研究を続けるよ。それだけは、いくら君を前にしても譲れない。始めるきっかけは些細なことだったけど、それでも、君に言われてあっさりと諦めるほど、生半可な気持ちで続けてきたわけじゃないからね。――今後の取り組み方については、さっき言ったとおり、少し考えなきゃいけないけれど」

 私は大きく頷いた。

「分かってます。それに、私の言葉で『諦めたんだ』なんて言われたら、嫌ですから」

 私に彼の人生の何が分かるわけでもない。けれど、彼の意思をほんの少しでも曲げさせられたのだから、つまりは私の想いが彼に通じたということだろう。だから今は、これでいい。これまで積み上げてきたものを、自ら一瞬で崩してしまえるほど、人は強くはない。だから時間をかけて新たな経験を重ね、過去を壊すのだ。農業改革も、同じことだ。人も農業も変えられる。絶対に変わらないものなんて、世界中探したってどこにもないのだから。

 しばしの沈黙の後、私と寿老はじっと視線を交わすと、どちらからともなく笑いを噴き出した。腹が痛くなるほど笑ってから、

「ああ、私、何だか喉が渇いちゃいました」

 思い出したように私が言う。

「奇遇だね、僕もだよ」

 すかさず彼が私に同調し、そして二人でまた目をあわせて、くすくすと笑った。

 

 芝生の丘からさきほどランチを食べた休憩所までは徒歩で十分ほどだった。なかなか飲み物にありつけず激しくなっていく喉の渇きに、改めてこのテーマパークの広さを実感せざるをえなかった。これほど広いというのに、ゴミのポイ捨て防止のために自動販売機の類は一切置いていないのだという。どうやら敷地内で道に迷った場合、行き倒れるという選択肢しか選べないようだ。ようやく辿り着いた休憩所の売店で昼に飲んだものと同じみかんジュースを購入し、設置された椅子に腰を下ろした時には、私たちの笑顔はすっかり消えていた。

「い、生き返るー……」

 透明なカップの中で氷がカロンと音を立てた。私の喉を潤わせたみかんジュースは、既に半分ほどまで減っている。

 ああ、極楽だ。

 木陰で話し込んでいる時はさほど暑さは感じなかったのだが、やはり直射日光を浴びると心身共にダメージが大きい。私はまだ、麦藁帽子をかぶっているからマシだったのかもしれない。さすがに寿老は、私の目の前に座ったまま、ぐったりと目を閉じていた。びくともしない。彼のオレンジジュースはいまだ手つかずのままだった。

 大変だ、このままでは、寿老が危ない!

 私は慌てて彼のカップを掴むと、そこに刺さっていたストローの端を、

「っむ」

 寿老の口に差し入れた。

 変な声がその口から漏れる。今度は寿老が慌てた様子で目を開けた。そして私の手ごとカップを掴むと、ゆっくり押し戻した。

「こ、琴子……何を」

 むせながらも、カップをテーブルに置く。

「良かった、無事だったんですね」

「無事……というか、今しがた、ちょっと危なかったけどね……」

「えっ、じゃあ、ジュースを……」

 私は再び寿老のジュース入りカップに手を伸ばした。けれどそれは、すんでのところで彼の手によって遠ざけられる。

「いや、うん、大丈夫。ありがとう琴子。気持ちだけ、受け取るよ」

「そうですか?」

 彼はこくこくと何度も頷いて、手にしたジュースを喉に流し込んだ。カップの中は一気に氷だけになる。私も彼の真似をして、残っていたジュースを飲み干した。

 それからしばらく、根が張ったようにべったりとその場に留まって雑談を交わした。

 聞けば寿老は、福禄とは入学式の日以前から知り合いなのだという。バイオテクノロジー学科は今年から廃止されてしまった学科だし、元より一学年あたりの人数も少ないので、学年を越えて交流する機会があるのだという。しかも福禄ときたら、実は学年トップの成績で、周囲の生徒や教師からの評判も上々なのだそうだ。――私は知らなかったが。

 寿老も福禄のことを「仁先輩」と呼んでいるあたり、相当彼のことを慕っているようだ。布袋の時にも思ったが、そんなに親しい間柄ならやっぱり福禄が彼らを説得すれば事はもっと簡単にすんだのではないだろうか。……いやいや、今更そんなことを考えても仕方ない。計画のために、私だって身を粉にして動く覚悟なのだ。こんなことで、ぐずぐず言っている暇はない。

「そうだ。今の内に、これを渡しておくよ」

 二杯目のみかんジュースをちびちびと飲んでいた私に言って、寿老は財布から何かを取り出し、テーブルの上に置いた。薄紫色をした長方形の和紙。その上部には丸い小さな穴が開いていて、そこに赤いリボンが結ばれていた。

「わ、可愛い!」

 どうやらそれは栞のようだが、和紙の中央には、白いバラのつぼみの押し花が飾られていた。紙の縁もきっちりと裁断されているわけではなく、和紙独特のでこぼこした形だ。うっすらと色付されたその素朴さがまた、愛らしい。きっと手作りの品だろう。手作りはいい。作品を見ているだけで作り手の顔が見えてくるようで、何だか嬉しくなってしまうのだ。同時に、農作物も、そういうものになればいいのにと思う。

「寿老先輩、これ……先輩?」

 栞から視線をあげると、私はすぐに違和感を覚えた。寿老が、何か、違う。何だか……そう、キラキラとしているのだ。まるで一人だけスポットライトを浴びているかのように。そして悦に入ったようにうっとりと目を閉じている。

「あのぉ……」

 椅子から立ち上がって、恐る恐る寿老へと手を伸ばしてみる。

 すると、

「へぇっ!?」

 目を開いた寿老にその腕を掴まれた。思わず素っ頓狂な声が上がる。

「……ジュッテーム、琴子」

 吐息混じりの声で、寿老が言った。

 そして掴んでいた腕を離したかと思うと、流れるように今度は私のてのひらを取り、そして手の甲に顔を近付け……。

「な、なっ、なん、なああっ!」

 あまりの恥ずかしさに、言葉も出ない。

 彼は寿老ではない。恐らく――ジューロゥ・ターカー・ヒィト!

 思わず後ずさる。足が椅子に当たってガタガタと激しく音が立つ。体勢を保つためにバタつかせた手がかぶっていた麦藁帽子にあたり、それがテーブルにぱさりと落ちた。

 すると途端に、寿老からキラキラ感が消えうせる。憑物でも落ちたかのように、きょとんとした表情になったかと思うと、今度は顔を青くして、私の腕から手を離した。

「ああ……す、すまない……。違うんだ、これは、琴子……いや、違わないんだが……とにかく違うんだ……」

「い、意味が分からないですよ……」

 私は脱力して、崩れるように再び椅子に腰を下ろした。

 彼は、一体何なのだ。私は彼が、虚勢を張るが故に、キラキラしながらジュテームジュテームと軽口を叩いて女を口説いているのだと思っていた。けれど、寿老の身の上話を聞いた今では、少なくとも私の前で虚勢を張る必要などない。けれど今、彼はジューロゥと化した。それに、一瞬で消えたキラキラ感は一体……?

「僕は、バラのそばにいると、ちょっと……ダメなんだ」

「ダメ……というと?」

 ここにきて今更急に『実はバラが嫌いでした』なんてことはあるまいが……。

 肩をすくめてテーブルの上に視線を落とす寿老に、私は尋ねた。

「ダメっていうのは、なんていうか、気持ちが大きくなってしまうというか……。ほら、バラって、なんとなく……イメージがあるだろう?」

「『マルサイユの薔薇』とか、そういう?」

『マルサイユの薔薇』は、フランス革命の前後描いた、女子に人気のある漫画だ。その登場人物である、刺さりそうなほど鋭く長いまつげの下で瞳に星を宿しながら猛々しくサーベルを振るう男装の麗人の姿が、私の頭の中に浮かぶ。

 私の言葉に、今度は寿老はパッと表情を輝かせた。……なんと忙しい人なのだろう。目まぐるしく変わる表情や仕草はまるで子どもだ。今日一日で、彼に対する印象が随分変わった気がする。

「そう、そう! 何となく、フランス貴族が好んでいるような印象だろう? だからかな、ずっとバラの世話をしてたら、バラのそばにいる時だけ振る舞いがフランス人っぽくなってしまったんだよ!」

「な、なんだってー! ……って、そんなバカなことが……」

 あるはずがない、と言いたいところだが、現にそうなることは私自身、既に知っている。

 ただフランス貴族がそうそう「ジュテーム」を連呼したりしないであろうことも、分かる。彼の勝手なイメージなのかもしれない。

 そして今、ジューロゥ・ターカー・ヒィトに変わったのは、恐らく栞についた押し花のせいだろう。そうなると、この帽子をテーブルの上から取り去るのは、なかなかに勇気がいる作業になる。後回しにしておこう、と私は思った。

「じゃあ、学校でやたらキラキラしているのは」

「授業以外はずっとバラの世話をしてるからね。そのせいか学校にいる時は大概、こうなんだ」

 小さい頃から、直らなくって。

 そう言うと寿老はため息をついた。

 すると、彼はお祖母さんと共にいる時もこんな調子だったのだろうか。まさかとは思うが、お祖母さんすら……いや、これは考えないでおこう。知らない方がいいことも、世の中にはあるのだ。

「ともかく、この栞を君に渡したかったんだ」

「それは、ありがとうございます。それで、この栞は一体?」

 帽子の中に収められた栞を前に、私は尋ねた。

 可愛らしい栞だし、くれると言うのならありがたく受け取るが、プレゼントされる理由が見当たらない。

「僕が作ったんだ。祖母に教えてもらってね」

「えっ、これを先輩が?」

 何て器用な。

「まあ、栞は、ついでみたいなものだから。本当に受け取ってもらいたかったのは、押し花の方だよ」

「押し花……」

 帽子に視線を落し、先程見た栞を思い起こす。あれは、バラの押し花だった。白く、ほころびかけたつぼみの。優しい薄紫色の和紙に、それはきれいに貼り付けられていた。

「あれは……あの日君に渡し損ねたバラなんだ」

 あの日、寿老から差し出された白いバラの花束は、タイミングが合わず受け取ることができなかった。

「今度こそ、受け取ってくれるかい? 琴子」

「……分かりました」

 真剣な目で見つめられ、私は小さく頷いた。

 寿老は私の考えを受け入れてくれたのだ。私も、同様に彼を受け入れる必要があるだろう。ただし、

「でも、花言葉までは、受け取れませんよ」

 私がそうきっぱりと言い切ると、寿老は「ああ」と不敵に笑った。

 白いバラの花言葉は『尊敬』『私はあなたにふさわしい』、そしてバラのつぼみの花言葉は『愛の告白』だ。

「いいよ。今は、それで。僕が君に相応しい男になった時、また改めて、白いバラの花束を贈ることにしよう」

「はい、楽しみにしてます」

 二人して挑戦的な視線を交わす。自然と笑みがこぼれた。

「そうだ」

 私はあることを思い出し、バッグの中を漁った。目的の物を取り出して、寿老に差し出す。

「タオル、ありがとうございました」

「ああ、別に返してくれなくてもよかったのに」

 小さな紙袋を、私は寿老に手渡した。それを覗き込んで中身を確認すると、寿老は言った。

「……太陽のいい香りだ」

 うっとりとしたように、寿老が目を細める。

 人工的に作られた香りよりも、やはり自然な香りが一番落ち着く。天日でふっくらと干されたタオルから漂う太陽の香りが、私たちをゆったりと穏やかな気分にさせた。

 遠くで蝉の声が聞こえる。

 肌を撫でる風が、少しだけ優しく感じた。

 

「ちょーっと待ったああ!」

 そろそろ帰ろうと私たちが席を立った時、どこからか、かん高い叫びが聞こえてきた。寿老と二人で首を傾げていると、

「……と、この二人が言ってるの!」

「えっ、か、かや子!? ……と先輩たちまで!」

 売店の陰から、Tシャツにショートパンツとサンダルというラフな格好のかや子が、困惑した表情の福禄と布袋両名を引きずりながら現れた。福禄は学校帰りなのか、制服にベストを身に付けている。「暑いならば半袖にすればいいのに」と私が日頃から苦言を呈しているというのに、今日も相変わらず長袖のカッターシャツを腕まくりしていた。福禄とうって変わって、布袋はポロシャツにハーフパンツ、そしてノッポさんみたいな帽子を頭にのせている。完全に休日スタイルだ。普段、土で汚れた作業着ばかりを身に着けていてるから分からなかったが、こうしてみるとなかなかの好青年に見える。ただ、手足の露出したこの姿で転んだりしたら大変だと、勝手に心配してしまう。

「えっへっへ、バレちまったら仕方ねえ!」

 盛大に作ったダミ声で、最近ではあまり聞かないようなベタな悪役のセリフをかや子が吐いた。

(バレるもなにも、自分たちから出てきたのに)

 あまりに突然の出来事に唖然としていると、かや子が小走りで私のそばに近付いてきて、そっと耳打ちした。

「チャンスよ琴子! 今なら三人のハートをまとめてがっちりゲット!」

「ええ? 何でそういう……」

(ああ、かや子。私時々、あなたの事が分からないわ……)

 そして脱力する私をよそに、当の男三人はというと。

「分かりました。相手が仁先輩といえども、琴子は渡しません!」

「寿老、どうしてそうなる。ぼ、僕は別に、そそ、そ、そんなつもりは、断じてない!」

「それじゃあ、ここは穏便に、間をとって僕が弁財さんと………」

「駄目です」

「駄目だ」

「冗談だよ。二人とも、面白いなあ」

 言い争う寿老と福禄。そしてその二人を眺めながらニコニコと笑っている布袋。私の横では、いまだかや子が『男子のハートをゲットする方法』について熱弁を振るっている。

 ああ、穏やかな夏の日が、今は遠い。

 本当にこのメンバーで、大丈夫なのだろうか。不安も覚えるが、しかし、やらなければいけないことに変わりはない。

 七福神が揃うまで、あと三人。そしてそこからが、本当のはじまりなのだ。

 目の前の喧騒に肩をすくめつつ、私は心の中で、一人、決意を新たにした。

 真夏の夕暮れまでは、まだまだ長い。

 いまだ生ぬるい風を肌に受けながら、今だけはこの騒がしさに身を委ねてもいいかもしれないと、私は思った。

(続)

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