同性愛

  • その柳の下に[二章]

    二、柳に風    洋風建築の柳の自宅は、私の生家と比べると格段に広い。また家具や調度品はすべて洋式に揃えられていたので、それらに慣れるまでにはなかなかの時間を要したものだ。中でもベッドは、少し触れるだ…
  • その柳の下に[一章]

    一、柳緑花紅    私の故郷は、古くから薬効の強い温泉が湧く湯治場だ。十以上ある宿には、どこも一年を通して湯治客が逗留しており、二ヶ所ある外湯は、常にひとで賑わっていた。  かくいう、私が生まれた宇都…
  • その柳の下に[序章]

    告白のための序文    細かい木目が並ぶ艶のない文机に広げた優しい白地の上に、薄褐色の四角が規則的に連なっている。  握った万年筆の、刃物のような鋭さをもつその先端を、新品のインキ壺にとぷんと浸す。首…
  • 冬の百合とシンデレラ

     薄暗くなってきた冬の街中を、私は足早に歩いていた。  買い物をしようと思い立って家を出たのは昼すぎだったというのに、その買い物もろくに終わらせられないうちにこんな時間になってしまうなんて、思いもよら…
  • 名前のない恋人達

     大きなはめ殺しの窓の向こうでは、闇を彩る光の花が咲いている。  純白のテーブルクロスが目に眩しい。その上に整然と並べられた料理を前に、フォークとナイフを握りつつも、落ち着かない様子で彼女は視線を泳が…
  • 髪梳きの夜に

     鏡台の前に座わる私の長い黒髪に、背後に立つ彼女が優しい手つきで櫛を通す。  何かの願掛けであるとかそんな大層な思い入れがあるはずもなく、ただ惰性で腰の辺りまで伸びてしまっただらしのない私の髪は、普段…
  • カサブランカ・オードトワレ

     灼けたアスファルトに恵みの雨が落ち、夏独特の匂いが開け放したままの窓から流れ込んでくる。  夏の香はすぐに部屋いっぱいに満ち、次第に肌を包み込んでいく。  生温い夏の気配から逃げるように、私はベッド…
  • 雨の降る夜に、恋は

     それは、幸福な幻想だった。僅かに開いたドアのすき間からこぼれ出した、愛しい紫煙が我が身を包む、身勝手で愚かなまぼろし。  たたん、たたん。錆びた金属製の手すりを雨粒が叩く。打ちっぱなしコンクリートの…
  • おじさん、責任をとる

    「おじさん、ちょっと書いて欲しいものがあるんだけど」  朝からひとりで出かけていた彼は、夕方帰宅するなり、リビングのソファで寛ぐ私の前に数枚の紙を差し出してきた。 「いいけど……これ、何?」 「転入届…
  • おじさん、マフラーを買う

     ふと目を奪われたその鮮やかな色を、私は『黄緑』としか表現できない。  立ち止まってそれをじっと見ていたら、彼が気付いて「綺麗なライムグリーンだね」と言った。こんな些細なことでさえ、ふたりの間に確かな…