掌編
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《彼だけに見える愛しき景色》 くすくすと、膝をくすぐられるような感触。足元に視線を落とす。長く細い草の群が、私をからかうように、膝頭に触れては離れる。肌を撫でるのは、涼やかな風。私の鼻先を、頬を、唇…
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《淫らな妖精は甘い蜜を纏う》 もし一面に広がるこの色が、一般的に云われる『肌色』だとすれば、私たちの肌とはなんと淫猥な色をしているのだろうか。 両足が踝まで、ふぬり、と埋まる。柔らかく、そして…
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《電脳の空と海に沈む》 眼前に広がる鮮やかで透んだ青。その中へ飛び込み、奥へ、奥へと進んでいく。肌に感じるのは流れる水の冷たさ。私は水の中を飛んだ。手を動かさずとも、足をばたつかせずとも『奥へ行きた…
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《可憐な白い花の愛する箱庭》 鈍色の空から大粒の雨が無数に落ちていた。それらひとつひとつが、大地に触れ、また草木に触れ、そこから慎ましやかで優しげな生命の香りを引き出し、辺りに充満させている。 こ…
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《玻璃の樹木たる少女は微笑む》 闇の中心に、重厚な木製扉が据え付けられていた。闇と扉とを繋いでいるのは、扉の左端にあるふたつの蝶番だ。そしてそれは、銀色をした細身の針で留められていた。針の後端には、…
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《人間じみた電脳の呟き》 視界一面に広がる無機質なスカイブルーが目に刺さる。ヘッドマウントPCに搭載された有機ELディスプレイの発色は、液晶より格段に良く、美しくもあるが、しかしながら決して目に優し…
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西暦2315年、人類は地球を捨てた。 月面に幾多のコロニーを築き、そこへと移住したのだ。 それから更に300年経った今では、その理由を知る者は誰もいない。 歴史書によれば、放射能汚染説が有力と…
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巨大な釜は、大地から噴出した業火によって底を炙られ、その中では溢れんばかりに湯が煮えたっている。そしてその湯には、あろうことか、無数の人間が浸かっていた。 ある者は泣き喚き、またある者は釜から出よ…
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彼女とは、インターネット掲示板で出会った。 その掲示板の名前は『極楽浄土』という。仏像好きや仏教マニアが集まり、議論を交わしたり、時には同志を募集したりする場所だ。私はこの掲示板――仲間内では『楽…
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ふと、どこかへ旅に出ようかという気になった。一週間ほど肌寒い日が続いたのが、今日になって突然暖かな陽気になったものだから、つい窓を開けて庭を覗いたのがいけなかった。 冬独特の軽く乾いた鋭利な感触に…