~3000字

  • 彼は月になりたかった

     山あいの集落は日暮れが早い。高い山が、地平線に沈むより先に太陽の光を遮ってしまうからだ。秋ともなれば、それはなおさら顕著になる。  狭い農道の周辺には、既に稲刈りを終えた田が広がる。刈田特有の、稲わ…
  • 祭囃子にいざなわれ

     駅前に存在したのは、確かに日常の風景だった。  地下鉄を入谷で降り、地上に出たのは夕方五時。駅周辺を行き交う人々は、足早に各々の目的地へと急ぐ。  それらを尻目に、住宅の多いエリアを十分ほど歩けば、…
  • その琥珀色に舌で触れ、

     渋々ながらベッドに仰向けになった彼の上に、僕は馬乗りになった。 「ふふ、良い眺め」  彼の整った顔に手を伸ばす。そっと頬を撫で、上へと指先を這わせた。左目の瞼を上下に大きく開かせ、指でそのまま固定し…
  • いっしょがいいの!

     最近、凪は少し変わった。  これまで、恋人である楓を溺愛するあまり、髪一本から足の爪に至るまでを満遍なく愛でることはあった。しかし、今は楓の身体の一部分に異常な執着を抱くようになっていた。  きっか…
  • 悪いのはだぁれ?

     濡れたTシャツの白い布地が肌に張りつき、うっすらと皮膚の色が透けて見えた。女のような膨らみなどない、まっ平らな胸。しかしそこに、二つの尖りがはっきりと存在を主張している。 「凪、も、しつこい……って…
  • 最期の色は

     無様に横たわる僕の心を救ったのは、穏やかな春の陽射しだった。  まだ幼かった頃に走り回った田園風景。思春期の甘酸っぱい秘め事を心に宿したまま過ごした校舎。期待に胸を膨らませて降り立ったターミナル駅。…
  • 名前のない恋人達

     大きなはめ殺しの窓の向こうでは、闇を彩る光の花が咲いている。  純白のテーブルクロスが目に眩しい。その上に整然と並べられた料理を前に、フォークとナイフを握りつつも、落ち着かない様子で彼女は視線を泳が…
  • 髪梳きの夜に

     鏡台の前に座わる私の長い黒髪に、背後に立つ彼女が優しい手つきで櫛を通す。  何かの願掛けであるとかそんな大層な思い入れがあるはずもなく、ただ惰性で腰の辺りまで伸びてしまっただらしのない私の髪は、普段…
  • カサブランカ・オードトワレ

     灼けたアスファルトに恵みの雨が落ち、夏独特の匂いが開け放したままの窓から流れ込んでくる。  夏の香はすぐに部屋いっぱいに満ち、次第に肌を包み込んでいく。  生温い夏の気配から逃げるように、私はベッド…
  • そしてまた君は呟く〈9〉

    《星は光と光の狭間で輝く》  目映い。何百何千といった細かく鋭い光の筋が瞳孔を射抜き、脳を灼く。反射的に腕で顔を覆う。同時に閉じられた瞼は、しかし私の視界に闇をもたらしはしない。  私は、両腕をまっす…

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