カミさまのいうとおり!第1話

 

「はあ、それで、アマコーシチフクジン……ですか」

 あれから私たち七人は、廊下の端から教師に怒鳴りつけられ、慌てて逃げ出した。行き着いた先は、何故か牛舎。突然の来訪者を歓迎するように、白黒模様の牛たちが、モウモウと鳴いた。

「そう、だから君に協力してもらいたい」

 眼鏡の男が、私に手を差し延べてきた。

 牛舎に辿り着いてすぐ彼が言ったことを要約すると、こうだ。

 『学校には今、めでたい名前の生徒が七人いる。大黒、毘沙門、布袋、恵比須、寿老、福禄、弁財。何の因果か、この天岩戸農業高校に七福神の名を持つ者が勢ぞろいしてしまった。この奇跡ともいえる偶然を利用して、学生不足のこの学校の――ひいては農業界のトップに立って、業界全体を盛り上げたい』

 さらに私が簡潔にまとめると『七福神集まったから、面白いことやろうぜ!』

 彼の話からして、今ここに集まっている七人がその七福神であることは、私とて想像がついた。

 たしかに、この学校は生徒が少ない。今年も定員割れしていたのか、入学式で整列していた新入生は僅かに五十人程度だった。

 昨今では農に対する世間の関心が薄れている。スーパーマーケットに野菜や果物が並んでいるのは当たり前。日本人のほとんどが、きっとそう考えているだろう。けれどその農作物の後ろを覗けば、暑さの中で畑や田を耕し、害虫や天災に頭を悩ませながら、汗水流して働く農業従事者がいるのだ。

 それにも関らず、天候不良で作物の値が上がればグチグチと文句をたれる。私はそれが、どうしても許せない。だからこそ、余計に自給自足生活にこだわっているのだ。私が農業に従事したとしても、農家に対しての感謝すら忘れた日本人に食物を提供するなんて、まっぴらごめんだった。

 そんな私としても、この学校の状況は芳しくないと思う。

 日本においての農の立場は、今日、決して強いものではない。それはその他の業界が幅をきかせているという理由だけではなく、担い手の少なさも原因だ。

 農業のこれからに必要なのは、紛れもなく、未来を生きる若者である。

 勿論農業に従事する者全てが農業高校に通わないといけないなどと、そんな突飛なこといっているわけではない。しかし、たった五十人たらずの新入生とは、何とも酷い有様だ。ここが公立高校であれば、間違いなく真っ先に廃止、あるいは統合されてしまうことであろう。この学校が私立高校で良かった。私は心からそう思っていた。

 だから、この男のいう計画にのることは、私にとって決してマイナスになることはないだろう。

 しかし今問題なのは、

「事情はわかりました。けど、とりあえず名乗ってもらえます?」

 私が、目の前の男たちの名を知らないということだ。いや、厳密にいえば名は知っているのだが、誰が誰だが、まったく分からない。

 私が言うと、六人の間でどっと笑いが起こった。入学式の時と同じく、何故笑われたのかは私には理解できなかった。

「そうだな、すまない。僕は福禄。福禄仁だ」

 眼鏡の男・福禄がそう言って、改めて手を差し延べてきた。その手をとる。そして私はきっちりと、彼と握手を交わした。

 福禄に続くように、残りの五人も握手を求めてくる。

 小学生のような少年。今は無邪気な笑顔を見せているが、只者ではないことを私は知っている。彼の名は恵比須マドカ。円と書いてマドカ、だそうだ。後ろからは「よっ! エビス丸」とヤジが飛んだ。なるほど、円だからマルというわけか。本人は至って不服そうな顔を見せているが、私は気にしないことにした。

「大黒剛、よろしくな!」

 ムキムキの男が、勢いよく恵比須を押しのけた。身に着けている学生服が、その下に隠された筋肉によって、今にも張り裂けそうだ。その様は、小学生の頃読んだ漫画に出てくる超人を思わせた。

「失礼ですが、もしかして超人ですか」

 思わず聞いたが、大黒はただ、わっはっはと笑うだけだった。ひょっとして図星なのだろうか。

「はは、ごめんね。こいつは昔からこうなんだよ。……布袋コウソウです。よろしくね」

 大黒と私の間に、作業着の男が割り込んできた。

「コウソウさん、ですか」

「そう、幸せに、宗教のシュウで……」

 布袋はしゃがみこんで、牛舎の地面に、拾った石で『幸宗』と書いた。それを書き終わると同時に、

「むぎゅう」

 情けない声をあげながら、布袋はそのままの姿勢で地面に横倒しにされた。バラの花束を抱えた男の足が、布袋の身体にぶつかったからだ。

 その花束は私に向かって差し出された。

 甘い香りが、鼻腔の奥に広がる。

 束になったバラに埋もれるように、メッセージカードが付いていた。表面には『愛しの琴子へ。寿老貴人より』と書かれている。しかしよく見ればそれはカードではなく、ルーズリーフの切れ端だった。何と急ごしらえなのだ。

「ジュッテーム、琴子。僕の求婚は受け入れてもらえるのかな?」

 その言葉で、彼が初対面にも関らずプロポーズしてきたひとりであることに気付く。

「いや、はあ、ええと」

 幼い頃から、農業のことだけ考えてきた私は、当然のことながら、男女のオツキアイとやらにこれまで興味を抱くことなく生きてきた。そんな私に、オツキアイをすっ飛ばしてケッコンというのは、いささかハードルが高すぎやしないか。一体どう返答すればいいのか、まったく見当がつかない。

 困惑している私の肩を、何者かが叩いた。私の正面に立つ寿老の口元がひきつる。顔だけで振り返った私の視界に映ったのは、学生服の黒地と、それによく映える金ボタン。少し見上げると、あの背高ノッポの顔がそこにあった。

「毘沙門くん、今は、僕が、琴子にアプローチしているんだよ。邪魔しないでくれるかい」

 ひきつる顔をなんとか笑顔に戻しながら、寿老が言う。

 地面に転んだままの布袋が、オロオロと双方を見ている。

 大黒は、そんなこちらの様子には興味なさそうに、落ちていたワラを牛に与えていた。

 同じく興味がなさそうに、牛舎の端に積まれているワラに恵比須は腰をおろしている。

 毘沙門が、寿老と私の間に割って入る。これは、庇われている――のだろうか。

「まあまあ、喧嘩したところで、何も生み出さないよ。二人共」

 両者がバチバチと火花を散らし始めたところで、ようやく福禄がいさめにかかる。

「今日のところは、これで解散にしよう。弁財さんも突然のことで驚いているだろうし」

 その言葉に、私はほっと胸をなでおろす。この七人の中で、福禄が最も話のわかる人間かもしれない。あくまでも、この七人の中で、だが。

「具体的な計画については、また僕から連絡するよ。……ではまた、弁財さん」

 福禄が、私に小さく手を振って、牛舎から出ていった。ううん、ただのインテリという印象だったのに、それだけではなく何と爽やかな男なのだろうか。

 福禄に続くように、つまらなそうにしていた大黒と恵比須の二名が牛舎から去っていく。 地面に転んでいた布袋は、そこでようやく起き上がり、「またね」と笑って三人を追いかけた。そして牛舎の入口でつまづき、彼はまた転んでいた。廊下で会った時からついていた顔の土も、どこかで転んでつけてきたものなのだろうか。

「琴子、名残惜しいが、また会おう。今度は邪魔の入らない場所で二人きりで……」

 寿老が口を開けば、また毘沙門の眼光が鋭くなる。

 少し怯えたように、しかし渋々といった様子で、寿老もまた、牛舎を後にした。

 そして、二人が残る。

 じっと、見られていた。見下ろされるように。それでも嫌な感じはしなかった。

 すぐそばで牛がけたたましく鳴いていたが、それも気にならなかった。

「……毘沙門勝利。よろしく」

 大きな手のひらを差し出され、慌てて私も

「あ、弁財琴子……です」

 手を差し出した。堅い感触。ガサガザと荒れた手指だった。

「本気だから」

「え?」

 手のひらをぎゅっと握られる。

「俺は本気だから。最初に言ったこと、迷惑でなければ、考えてみてほしい」

 『最初に言ったこと』……。それは、もしかして……結婚?

 毘沙門は、じっと私の目から視線を外さなかった。そんな彼の顔が少し、赤らんでいるように見えるのは、気のせいだろうか。

「本気って、言われても」

 一体、今日一日で何度のサプライズがあるのだ。さすがの私でも、こんな状況に耐えられるような、毛の生えた心臓は持ち合わせていない。ああ、動悸が激しくなってきた。呼吸が苦しい。こんなことは初めてだ。もしかすると、悪い病気なのかもしれない。毘沙門に握られたままの手のひらに、じわりと汗がにじんだのが分かった。彼の視線はまだ、私の目を捉えていてた。

 気恥ずかしい。二人きりのこの状況に、

「ごめんなさい!」

 ついに耐え切れなくなった私は、彼の手を振り切って牛舎を飛び出した。毘沙門は「あっ」と小さく声をあげたが、私を追ってくることはなかった。走る私の後ろから、はやしたてるように牛たちの鳴き声が聞こえる。

 急に逃げ出したりしたから、彼の気持ちはもう、変わってしまったかもしれない。そんな思いだけが、私の胸の中に渦巻いていた。

 

 牛舎からは、もう随分と離れている。気付けば、校舎を挟んで丁度真反対にある校門の前まで逃げてきていた。コンクリート造りの門柱にもたれかかり、背に感じる冷たさに安堵しながら、私は荒い呼吸を整えた。そしてぐっと顎をあげ、空を仰ぎ見る。

 澄んだ青い空が広がっていた。それを彩るように、薄桃色の花びらが舞う。門の周辺に多く植樹されている、桜の花びらだった。

 ――そういえば、私、今日入学したばかりだ。

 たった一日で、一生分の力を使いきってしまったような脱力感。

 入学式の挨拶では騒がれ、初対面の男六人に囲まれ、挙句その初対面の男から求婚されるなんて。こんな話、第三者に話したところで「とんだ作り話だ」と一蹴されるに決まっている。でもその「とんだ作り話」が、今私に起こっている現実なのだ。

 ふと、毘沙門の顔が、頭に浮かぶ。そういえば、彼はまだあそこにいるだろうか。そう考えて私ははっとする。首を左右に振って、慌ててそれを頭から追い出した。今更何を考えているのだ、私は。

 考えこんでいたって、どうにもならない。

 何といっても、私の高校生活は今日、始まったばかりなのだから。

 福禄が言っていた計画も、逆に考えれば、私がいなければ考えられなかったということだ。つまり私が、この学校を――農業界を改革する礎となる!

「よおし、やってやろうじゃない」

 新たなる野望に、武者震いがした。

 明日からはそれに向かって、邁進するのだ。

 門柱から離れ、大きく背伸びをする。深く呼吸をすれば、春のやわらかな空気で、身体中が満たされていった。

 農業にとって春は大切な季節だ。種を蒔き、芽吹かせる、始まりの季節。

 私はこの高校生活の間に、どれだけの種を蒔き、育てることができるだろうか。

 そう考えるだけで、胸が躍る。

 この胸の高鳴りは、幼い頃初めて農業に触れた、あの時と同じだった。

 私はぎゅっと拳を握った。重い土を押し上げる新芽のように、力強く。

(続)

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