ふたりの肖像

  • その指先で狂わせて

     普段であれば消毒液のにおいで満たされている清潔感のある室内に、不釣り合いなバターの香りが漂う。濃厚なそれの中に、華やかなバニラの芳香を感じとれば、にわかに目眩が誘われた。 「注意力散漫。これで何回目…
  •  今年の夏は、異様に暑い。雨はもうひと月ほど降っておらず、地面はどこもからからに乾いていた。それなのに空気だけはねっとりと肌に張りつくような湿り気を帯びていて、不快感を煽る。テレビでも、この気候を連日…
  • 今夜も、フロントカウンターで。

     酷い雨の音が、ガラス一枚隔てたロビーにまでも届いている。エントランスの自動ドア越しに、濡れたアスファルトに反射する街頭の光が、じわりと滲んでいるのが窺えた。  フロントカウンターの内側で、笹山はそれ…
  • 十二年越しの約束

       懐かしい思い出は、今ではもう記憶の奥底でセピア色に染まっている。 『ボールを投げるの、すごく上手だね。純哉君は』 『ほんとう?』 『本当だよ。野球選手になれるんじゃないかな』 『じゃあ、ぼく、お…
  • 祝福された僕たちの終わり

     同性結婚が、ついにこの国でも法で認められることとなった。  世界の風潮を鑑み、さらに国内の人権団体からの度重なる抗議運動も影響してのことだと、法案が可決される前後は、どのメディアも法案成立までのいき…