長編
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六、セピヤ色の罪状 秦野の死を記したところで、私は手を止めた。否、止めざるを得なかった。どうしてこれ以上のことが書けようか。 もう、傍には誰もいない。私の元に残されているのは、白木造りのちゃち…
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五、柳折る ふたり以外のすべてを排除した部屋で、最後の数か月を共に過ごした私たちは、この時、身体だけは紛れもなく同一のものと化したように思う。互いに熱を奪い、与え合う。柳が望んで始まるこの行為は…
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四、枝垂れ 西山と再会した日以降、柳は書斎に籠りがちになった。日課の散歩もしなくなった。私から散歩へ誘ったこともあったが、彼は曖昧な返事をするだけで、すぐにまた書斎に戻ってしまう。食事はすべて、…
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三、柳煙 六月のあの夕暮れから、私たちの関係は、少し変わってしまったように思う。それはもしかすると、神保町からの帰路の途中(恐らく、私が柳の腕に縋った瞬間に)薄暮に棲む魔物が、私たちの心に入り込…
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二、柳に風 洋風建築の柳の自宅は、私の生家と比べると格段に広い。また家具や調度品はすべて洋式に揃えられていたので、それらに慣れるまでにはなかなかの時間を要したものだ。中でもベッドは、少し触れるだ…
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一、柳緑花紅 私の故郷は、古くから薬効の強い温泉が湧く湯治場だ。十以上ある宿には、どこも一年を通して湯治客が逗留しており、二ヶ所ある外湯は、常にひとで賑わっていた。 かくいう、私が生まれた宇都…
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告白のための序文 細かい木目が並ぶ艶のない文机に広げた優しい白地の上に、薄褐色の四角が規則的に連なっている。 握った万年筆の、刃物のような鋭さをもつその先端を、新品のインキ壺にとぷんと浸す。首…