アンソロ寄稿作品

  • 罪悪と懐古の底で

     とっくに廃校になったと聞く小学校のそばに、その店はあった。建物全体としては、民家のようでいて、しかし一階部分はガラスの引き戸を左右に開け放たれ、ごちゃりと物が並んだ棚が、外から丸見えになっている。 …
  • 変わらずに、変わりゆく

     つけっぱなしのテレビで流れているのは、年末の忙しない商店街の様子。しかし、それを伝えるレポーターの声はほとんど聞こえてこない。限界までボリュームを絞っているためだ。  そもそもこの部屋で、まともにテ…
  • 名無しのウサギは如何に啼く

     飼い主が死んだ。彼の目の前で。  違法な薬物に溺れ、結果、惨めに老いた裸身を晒したまま、皮膚の弛んだ胸元を掻きむしりながら、苦しみ悶えて死んでいった。  ざまあない、と思いはすれど、彼はそれを声には…
  • 月読堂のドアベルは鳴らない

     喫茶月読堂のドアベルは鳴らない。繁華街に類する立地ではあるが、大通りに面していないため一見客はほとんど入らないし、珍しく来店者があっても、あまりに活躍できないそれは、すっかり錆び付いてしまっているの…
  • 雨の降る夜に、恋は

     それは、幸福な幻想だった。僅かに開いたドアのすき間からこぼれ出した、愛しい紫煙が我が身を包む、身勝手で愚かなまぼろし。  たたん、たたん。錆びた金属製の手すりを雨粒が叩く。打ちっぱなしコンクリートの…
  • 静謐遠く

     黒霧漂う地平線。そこから広がる空は、群青、茜色を挟み、突き抜ける青、そして目映い金色を同時に湛えている。  大地を覆う温かな土の上に走る濃緑。それは溜まった雨水が腐り果てた末に生じた色だ。双方の色が…
  • モノクロームの色彩

     黒一色に塗りつぶされたこの世界で、ひとりの男が昇っている。――階段を。  男の足元には、見えない階段が伸びていた。否、本当は見えていて、しかしただ階段自体が、世界と同じ黒に染まっているだけかもしれな…

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