救いがないならせめて、

 角の丸い石が、そこら中にごろごろと転がっている。適当な大きさの石を拾い、それを僕は目の前に積み上げている。

 すぐそばには大きな川が穏やかに流れていた。空は青くなく、紫のようなピンクのようなオレンジのような、微妙な色だ。その空が川面に映り、川もまた、川らしからぬ色をしている。

 そこら中で、幼い子供の泣き声が上がっている。同時に、石が崩れる音。積み上げられた石の山が、鬼によって壊されたのだ。そして再び、ゼロから石の積み直しが始まる。こうして子供たちは、永遠に終わることのない無意味な作業をさせられつづけるのである。親より先に死んだ、償いきれない罪を償うために。

 さて、子供たち、と他人事のようにいうが、僕にとってはそれらは間違いなく他人事だった。僕も一応、子供ではあるが、彼らほど幼くないし、ほんの少しばかり知恵が働く。だから、他の子供には思いつかないであろう、石の山を壊されずに済む方法を、僕は見つけ出すことが出来たのだ。

 鬼たちは、石の山が完成間際になると、子供の近くまでニタニタといやらしい笑みを浮かべながらやって来て、そして手に持った金棒でそれを崩す。それは本当に、あと一歩で完成という場面なのだ。完成にほど遠いであろうまだ低い石の山を鬼が崩すことはないということが、そこで分かる。

 それだけ分かれば、後は簡単なものだ。ようは、容易に完成をさせなければいいだけなのである。

 僕は、出来るだけ大きな石を集めてきて、川のすぐそばに、直径一メートルほどの円形の土台をこしらえた。ここから、石を積み上げるのである。これならば、小さい石山を築くよりも、随分と時間を稼ぐことが出来る。僕は安心して、石を積み上げていった。

 この場所での時間は、無限とも思えるほど長い。

 巨大な石山を作り始めた僕だったが、次第に焦り始めていた。長い時間をかけて積み上げてきた山が、あと少しで完成してしまいそうなのだ。そこで僕は、ようやく自分自身の愚かさに気付いた。こんな大きな石山を鬼によって崩されてしまったら――それこそ、子供たちが積んだ小さな石山を崩されるより、遥かに深い絶望に叩き落とされてしまうのではないか。

 そう思うと、自然と背筋が震えた。どうにか、策を講じなければならない。

 どうしたものかと、僕は石を積むふりをしながら考えた。

 ふと、川面に目をやる。ゆらゆらと奇妙な色が揺れている。

「三途の川、ね」

 この川を渡ることが出来れば、きっとこの苦行から解放されるのだろう。けれど川に入ったところで、渡りきる前にどうせすぐに鬼に捕まってしまうに決まっている。なにせ、随分広い川だ。馬鹿みたいに、上流から下流へ、ゆったり流れることしか出来ない三途の川。

「せめて、川幅を狭めるとか、出来ないの。出来るわけないか」

 水面に向かって声をかけ、己のあまりの馬鹿馬鹿しさに自嘲気味の笑いがこぼれた。途端鬼の目がこちらを向き、慌てて石を積む。

「あれ」

 新たな石を手にした時だった。僕は不思議なことに気付いた。先ほどまですぐそばにあった川縁が、僕から遠くなっていたのだ。思わず首を捻る。まさか本当に、川幅が狭まってしまったというのか。

「少し、川幅が広くなってもいいけど」

 試しに、僕は川に向かって呟いた。

 するとみるみるうちに、川縁が近付いてきて、あっという間に僕の手を濡らしたではないか。

 この川は、どうやら僕の言うことが分かるらしい。それにしても、馬鹿正直な川である。
 しかし自在になるその川の様子を見て、僕はふとあることを思いついた。

「だったら――」

 完成間近の、僕の石山に向かって、鬼が歩み寄ってくる。右手に持った金棒で、左手のひらをひたひたと叩きながら、耳まで裂けた大きな口をだらしなく開いていた。

 僕は、ぎゅっと目を瞑った。すぐに訪れるであろう衝撃に備えて。

 ひゅうん、金棒が振り上げられ、空を切る音がする。

 そして同時に轟く、唸るような地響き。

 ――来た。

 僕は思わず、目を開いて音が押し寄せる方角に目をやった。その光景に、鬼も驚いて手を止めている。川上から、大きな津波が押し寄せていた。それはすぐに僕たちを、そして僕が作った石の山を飲み込んでいった。

 これでいい、これでいいんだ。

 だって、鬼に崩されてしまうよりは、ずっとましだから。

(了)

【お題:馬鹿な川】

       
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