淫乱ヒモニートを拘束監禁しています(?)

 流川ながれかわがオーナーを勤めるコンビニの二階が、彼の住居だ。

 人件費削減のための長時間労働を終え、疲れた体で二階に上がり、玄関を開けると、見計らったように奥から声がかかった。

「流川さ~ん、ねえ、ご飯まだぁ?」

 居間のソファに腰かけた派手な金髪の青年が、投げ出した足をバタつかせる。二十歳をとうに超えている彼だが、そんな子供っぽい仕草に全く違和感がないのは、整いながらも幼さを残す風貌のせいだろう。

「ちょ、ちょっと待ってよ木崎きざきくん……。僕、今上がってきたばっかりで……」

 木崎に急かされ、流川は口ではそういいながらも足早にキッチンへと向かう。夕食の準備は、出勤前に済ませてある。冷蔵庫から料理を取り出して温めれば、すぐに食べることができる状態だ。そんな簡単なことすら木崎がしないのは、木崎の両腕が、後ろ手に拘束されているからだ。それを施したのは、他でもない、家主である流川だ。

 そもそも、二人は元よりの知り合いでも何でもない、赤の他人だった。

 流川の経営するコンビニに異変が生じたのは二週間前。治安の良さだけが美点である片田舎にも関わらず、店の前に派手な髪色の青年が居座りだしたのだ。何を買うでもなく、ただ店の外壁に寄りかかって座り込む。時折立ち上がったかと思えば、電話をしているだけで、またすぐに元の場所に戻っていく。雇ったアルバイトたちも、男の外見に怯えて声をかけるのを躊躇ったため、結果野放し状態は丸一日続いた。そして客もほとんど訪れない深夜、ついに流川の堪忍袋の尾が切れた。

 流川は、青年をコンビニの裏手に連れていき――一体どんな言葉で誘ったのか、とても正気といえる精神状態ではなかったため、それはまるで記憶にない――隙を見て頭部を殴打。気を失った青年を引きずり、建物の裏側から入ることができる二階の住居へと運び、拘束、監禁するに至った。普段温厚な人間がいざキレると、とんでもないことをしでかす典型ともいえる行動だ。それもこれも、すべては、店の平穏を守りたいがためのことだった。

 そして、現在。

「え~、おれがお腹すきすぎて死んじゃったらどーすんの? 流川さん、監禁罪に殺人罪までついちゃうよ? 一生檻の中はヤでしょ?」

「うっ……すぐ準備するよ……。でも、きみ、とても監禁されてる態度じゃないよね……」

「態度の問題じゃないでしょ。大事なのはじ・じ・つ! ひとにこんなものつけといて、どの口が言うんだか」

「う……ごもっともです」

 これまで長期間ヒモ生活をしていたという木崎に、元来気の弱い質の流川は圧倒され、監禁とは名ばかりの実質奉仕の日々が続いている。

「は~、美味しかった!」

 食事が終わるなり、木崎はソファに寝転んだ。後ろ手の拘束が邪魔をするため、横向きにしかなれない。少し気の毒に思いはするものの、しかし一度でも解放すれば、彼が逃げ出し、警察に駆け込むのではという恐怖が、流川の中にあった。

「ね~え、……流川さん?」

 自分の食事を適当に平らげ、食器の後片付けを始めた流川を、木崎は甘ったるい声で呼ぶ。媚を多分に含んだ上目の視線を、全身に痛いほど感じた。

「な、なんだい……」

 目を合わさないように努める。こうなった彼と目が合えばどうなるか、既に流川は充分すぎるほど 理解していた。

「わかってるでしょ」

 ぞ、と背筋に痺れが走る。内腿を、木崎の足先が器用に撫でていた。

 これは、木崎の悪い癖だ。これまでヒモ生活を送ってきた彼は、行く先々で、家主と性的な関係を持ってきたという。しかしそれは、生活の面倒をみさせるための対価としてではない。単純に、彼自身が性に奔放な性質であるだけだった。

「昨日も、したじゃないか」

「でも……おちんちん、いらいらする……」

 ぽつりと卑猥な言葉を口にした木崎が、小首を傾げてみせる。

「……だめ?」

 思わず唾を飲み込み、喉が鳴る。流川とて、セックスが嫌いなわけではない。だが、やはり彼を監禁しているという負い目がある。そのうえ彼と肉体関係を持ち続けていては、後々警察の世話になる際、罪状がさらに積み重なってしまうのではないかと、愚かにも恐れているのだ。

「それじゃあ、手で――」

 せめてと妥協策を提示するが、

「イヤ」

 短い言葉で一蹴される。困った、と思ったのも束の間、

「流川さんのおっきいの、ほしいなぁ」

 明らかな欲を滲ませた声が、ついに流川の芯に熱を灯した。どうやら、覚悟を決めるしかないようだ。

「ぁン……! あ、は……ッ、いいっ、ながれ……わ、さん、の……っ! おちんちん、いいよぉ……!」

 室内に反響するほどの嬌声。それは、結合部から漏れる粘着質な抽送音すら上書いていく。

「ちょ……! し、静か、に……!」

 腰を動かしながらも、木崎に注意するが、彼の瞳はすっかり蕩けきっていて、焦点も合っていない。恐らく意味もろくに理解できていないだろう。

 狭いソファの上、横臥位で両膝を折り曲げた姿勢の木崎の腕は、相変わらず背後で拘束されたままだ。潤滑剤を使って念入りに解された後孔は、すんなりと流川の怒張を受け入れ、健気な収縮で締め付けてくる。

 これだから、嫌なんだ。流川は思う。木崎の身体は魔性のそれだ。行為前にどれだけ拒んだとて、一度入り込んでしまえば心地よく、さらに奥まで征服したくなる。彼のすべてが欲しいと思わされるのだ。――この心の動きを、与えられる快楽のせいにしてしまえたら、いっそ楽だというのに。

「だっ……てぇ、……んっ、中、ゴリゴリって……ッ、はァ、ん――! きもちいの、もっ……とぉ……! おっきいので……っ、もっと、してぇ……!」

「結構……っ、外に声、漏れるんだよここ……!」

 口では苦言を呈しつつも、すっかり木崎の虜になってしまっている身体は、意思に反して彼の言う通りに動いてしまう。腰を深く打ち付け、最奥を抉り、突き当たった肉壁に何度も亀頭でキスをする。その微細な振動が、脊椎を直に愛撫されているかのような強烈な快感をもたらした。射精感が一気に高まり、世界が激しく明滅する。

「あァッ! おく、おくぅ、イイ……! は、……も、出ちゃ、ぜんぶ、出ちゃうよぉ――ッ!」

 それは、木崎も同様のようだ。一際声が高くなり、不自由な身体を捩って襲い来る感覚に身悶えている。

「何でも、だ、出していいから! ほら、早くイきな……っ」

 抽送を速め、木崎の絶頂を促していく。彼の最奥をひたすらに穿つ。結合部では、互いの先走りと混じり合った潤滑剤が、ぶちゅぶちゅと卑猥な音を鳴らし続けている。

「ぁ、あっ、イく、ながれかわさ……っき、すき――ぁあ、も、イくっ……出ちゃ……っ!」

「ッ、木崎く……っ――」

 木崎の性器が震え、勢いよく吐き出された白濁が床を汚した。それを確認すると同時に流川も木崎の中に精を放つ。昨日も彼とセックスをしたというのに、体内で大きく何度も脈打つ性器からは、少ないとは言いがたい量の精液が射出されているのが、目で見ずともわかる。

 射精を終えた木崎は、しかしまだ荒い呼吸をしながら恍惚とした表情で身体を小刻みに震わせていた。

「あ……ぁ……」

 普段とは違うその様子をぼんやりと見下ろしていると、力を失った木崎の性器がしょろしょろと排泄を始めた。床を汚す白濁の上から注がれた小水は、すぐに小さな池を作る。

「……あは、出ちゃ……った」

 少し恥ずかしそうに、木崎が呟く。次いで、ごめんね、と珍しく謝罪を口にした。

 ――確かに、何でも出していいとは言ったけれども。

 そういうことじゃない。と思いつつも、

「いいよ。大丈夫」

 殊勝な態度をとる木崎が酷く愛しく感じられ、流川は彼の頭をそっと撫でた。

 

 ソファに横たわる木崎の身体を濡れタオルで清め、床の掃除を済ませると、流川は黙って木崎の腕を戒めていた拘束具を外した。白く細い手首には、二週間にわたる戒めによって、うっすらと鬱血の痕が残る。

 解放された腕でゆっくりとその場に身体を起こし、木崎は訝しげに流川の様子を窺う。

「……流川さん、これ、どういうつもり? おれ、ケーサツ行っちゃうよ?」

「構わないよ。元は僕が悪いんだし」

「おれの面倒見るの、イヤになっちゃったんだ」

「…………嫌じゃないから困ってるんだよ」

 視線を合わせないように、木崎に衣服を身に付けさせていく。それに対する抵抗はない。

 他人から与えられ慣れている彼には、さも当然のことなのであろう。それでも与えられれば彼は無邪気に喜び、表情を綻ばせる。食事も、快楽も、流川に与えられるすべてを、彼は受け入れた。これまでの人生で、彼ほどに自分を受け入れ、必要としてくれるひとと、流川は未だ出会ったことがない。だから、ほだされた。あまりにも単純な感情の流れだ。

 しかし、彼に与えたがる人間は他に多くいる。そのことを、彼と過ごす時間の中で理解した。そもそも、流川は木崎を監禁しているだけにすぎない。だから、彼に必要以上の感情を抱いてはならないのだ。その為にも、この関係に終止符を打つ必要性があった。

「意味、わかんない」

 不服そうな呟き。

「……きみのこと、好きになった」

 思わず、口にしていた。

「だからこのまま、ここにきみを閉じ込め続けることが、苦しいんだ。どこか他の、もっといいひとのところに――」

「なんで?」

 不意に肩を掴まれる。目が、合った。合ってしまった。木崎が、流川の顔を下から覗き込んできたのだ。目を逸らすことすら忘れる距離。思わず息を詰める。整った相貌。瞳が僅かに潤んでいるように見えるのは、流川の気のせいであっただろうか。

「じゃあこのままでいいじゃん」

 ふてくされたような声に、思わず呆気にとられる。

「…………僕の話、聞いてた?」

 恐る恐る尋ねてみれば、

「バカにしないでよ」

 こどものような膨れっ面で反論してきた。

「おれのこと、好きなんでしょ? ならこれまで通り、面倒みてよ。おれも流川さんのこととっくに好きだし、行くあてもないし。ちょうどいいじゃん」

 木崎が事も無げに口にした言葉が、流川の頭の中ではっきりとした形になるまで、暫く時間を要した。何度も反芻し、ようやく言葉の形を捉えたものの、しかしそれが意味することを、まるで理解できない。

 そんな流川の心内を察してか、木崎が小さく溜め息を吐いた。怒っている様子はない。むしろ、にまにまと悪戯っ子の笑みを浮かべている。

「ていうかさ、えっちの時いつも言ってたじゃん、好きって。伝わってなかった?」

「いや……それは雰囲気で言ってるだけかと……。だって、きみ、監禁罪だの殺人罪だの脅してくるし……とても好かれてるとは思わないだろう?」

 何しろ彼は根無し草で、これまで世話になってきた相手とは必ず肉体関係を持ってきたのだ。恋愛経験も性経験も乏しく、自分に自信のない流川が、そんな彼からの愛の囁きを、セックスを盛り上げるためのリップサービスだと勘違いすることは当然だろう。

「あんなのただの冗談だよ。それに、この拘束具――ほら」

 床に落ちた拘束具を、彼が拾い上げる。そして左右の腕を繋ぐ部分を、軽く捩った。かち、と軽い金属音が鳴り、いとも簡単にふたつに分かれる。後ろ手に戒めたとしても、これではまるで拘束具としての意味を成さない。

「壊れてたんだよね。最初から。その気になれば逃げられたんだけど、流川さん優しいし、ご飯も美味しいし、身体の相性もバッチリなんだもん。すっかり居心地よくなっちゃってさ~。拘束されてたら、とりあえずその間は、ずっと一緒にいられるでしょ?」

 用無しになったそれは、再び放られた。木崎の空いた両手が、流川の背に回される。胸元に額を押し付けるように縋られ、流川の心臓が、ど、と大きく脈打った。

 恐る恐る、一回りも小さな彼の背中に手を伸ばす。拒絶はない。それどころか、木崎は小さく笑って、くすぐったそうに身体を揺らした。

「……その、ごめん。今さらだけど……いきなり、部屋に連れ込んで、監禁なんてして」

 ぽつり、流川が口にした。改めて言葉に出すと、我ながら本当に酷いことをしたのだという自覚が、更なる罪悪感を煽る。

「うん。そうだね。最初はほんと、びっくりしたよ。だから、責任……ね?」

 木崎の罪悪感を肯定する言葉は、しかしとびきり甘い響きをまとっていた。彼の熱い吐息が、流川の喉元にかかる。

「わかってる。自首して罪を償って――」

「も~! そうじゃなくて!」

 後頭部に手をかけられ、無理矢理視線を合わせられる。鈍感、と一言。蕩ける瞳が、流川を見つめた。

「責任とっておれのこと、一生養ってよ。ダーリン?」

 結局拘束されていたのは、一体どちらの方だったのか。明確なのは、彼との生活は、拘束具なしでも、これからずっと続いていくであろうということだけだ。

 流川は、胸に込み上げる欲や熱を抑えるので精一杯で、ただ頷くことしかできなかった。

(了)

       
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