その琥珀色に舌で触れ、

 渋々ながらベッドに仰向けになった彼の上に、僕は馬乗りになった。

「ふふ、良い眺め」

 彼の整った顔に手を伸ばす。そっと頬を撫で、上へと指先を這わせた。左目の瞼を上下に大きく開かせ、指でそのまま固定してやると、恐怖の為かそこが小さく痙攣した。右目は、自由を奪われた左目の代わりとばかりにしばたく。視線をどこにやっていいか判らないのだろう。眼球がきょろきょろと所在なさげに動いている。

 普段は強気な彼がこうも分かりやすく怯えを表しているという事実は、それだけで僕を酷く興奮させた。

「なあ、本当に――」

 弱音を吐き出しかけたそこを、唇で塞ぐ。短いキスのあとに、彼の口元に人差し指をあて「しー」と閉口を促してやる。目の前にある喉が、ぐ、と息を飲むのが見てとれた。

「静かに、ね?」

 囁いて、揺れる瞳に唇を寄せていく。

 日本人にしては珍しい赤みの濃い琥珀色の虹彩。それは彼自身の恐怖に影響されることなく、宝石の輝きを湛えたままだ。その中心にぽかりと空いた黒い穴が、明らかに唇から差し出された僕の舌を捉えている。その視線は、僕に残されていた彼に対する僅かばかりの配慮を捨てさせるには充分だった。

 瞳孔の黒に重ねるように、舌先をそっと押し付ける。美しい曲線を描いた粘膜が、その弾性をもって僕の舌を僅かに押し返してくる感触。微かに感じられる塩味は、彼がこれまで見せたこともない涙の味なのだろう。

 僕の下で、彼の身体が酷く強ばっていた。それでも拒否をする素振りはなく、また「静かに」との言いつけを従順に守ろうとしてか、唇をきつく噛んでいる。その姿が堪らなく愛しくて、僕は舌先でちろちろと擽るように、曲線の表面を舐めた。

 粘膜同士が触れ合い、ぴちゃ、と濡れた音がする。彼の耳にもそれは届いていたようで、噛み締めていた唇が僅かに開いて甘い声を漏らした。下半身も、もどかしげに揺れている。

 その様子に、僕自身の腹の底にも滾る熱が溜まっていくのがはっきりと判った。

 さらに彼の瞼を大きく開かせ、舌全体で眼を包むようにして味わう。

 彼の心とは裏腹に、身体は必死に瞼を落とそうとし、同時に異物の排出を目的とした涙が溢れ出た。

 舌を通じて口腔内に流れ込んできた熱い液体を啜る。微量とはいえ彼の体液が喉を下っていく感覚。身体が歓喜にうちふるえ、体内のより深い部分が彼を求めて疼き始めていた。

 上瞼と眼球の隙間に、舌先を押し込む。眼窩の硬さが、眼球の弾性をより如実に感じさせた。眼窩上部に沿って舌先を滑らせれば、彼の身体が何度も小さく震える。

「――っ、おい」

 不意に胸を押し返された。舌が名残惜しげに糸を引き、彼の眼から離れていく。

 彼が上半身を起こす。その左目は真っ赤に充血していた。右目からは、反射によってもたらされた涙が溢れている。

 彼の頬を伝う涙を、僕は今、初めて目にした。そしてそれが僕自身の愛撫によって為されたという紛れもない現実が、僕の情欲を限界まで高めた。

 彼の手がこちらへと伸ばされ、後頭部をすくわれたと認識すると同時に、唇に噛みつくようなキスをされる。歯列の間から強引に捩じ込まれた舌が、口腔内を蹂躙する。口蓋をねぶる舌の動きは、僕が彼に施した愛撫とどこか似通っていた。

 長い口付けから解放され、荒く息を吐くと、先程とは反対にベッドへと押し倒される。

「次は俺の番、な」

 赤く充血した左目、涙で潤んだ右目。その両方の琥珀色の奥から、劣情が色濃く滲む視線を、痛いほどに感じた。

 彼の下腹には、衣服越しでもはっきりと判るほどに、硬度を増した欲の塊が既に息づいている。

 返事をする間さえ惜しかった。

 僕は彼の腕を引き、今度は僕の方から、深いキスを贈った。

(了)

       
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