いっしょがいいの!

 最近、凪は少し変わった。

 これまで、恋人である楓を溺愛するあまり、髪一本から足の爪に至るまでを満遍なく愛でることはあった。しかし、今は楓の身体の一部分に異常な執着を抱くようになっていた。

 きっかけとなった出来事に心当たりはあったし、楓もそれ自体が特段、嫌なわけではない。彼に大事にされている実感はあったし、だからこそ、彼が自分の身体に執着してくれているのだとも理解している。それでも一抹の寂しさは拭えなかった。それに――

「大きくなったね」

「ちょっと……、親戚のおじさんみたいなこというの、やめて……よ……ッ」

 ――彼の言動がおじさんくさくなってしまったのも、少しばかりいただけない。

 凪の言う『大きくなった』は、楓の成長を指すわけではない。

 全身を裸に剥かれ、ベッドに横たえられた楓の胸元。そこで震える薄ピンク色のふたつの尖り、同様に色づいた周辺部から同心円状にかけては、痩身の成人男性にしてはやけにふっくらと肉付いている。ここ数ヵ月、凪によって毎日のように愛でられた結果だ。言葉通りそこは、すっかりなってしまっていた。

 凪は楓の身体に体重をかけないように跨がり、下着と共に引き下げたスウェットから取り出した性器を、彼の手のひらと楓の肌とで挟むようにしながら、左の乳首へと擦りつけている。既に硬くなったそれの先端からは先走りが溢れ、摩擦によってぐちぐちと粘着質な厭らしい音をたてていた。

「も、やだ……。凪、変態っぽい……」

 目の前で前後する透明な液塗れの亀頭は、あまりに卑猥で、とても直視できない。視線を凪にやると、

「そうかな」

 彼は、ふ、と微笑した。その表情の中に濃く滲んだ情欲の色が、楓の下腹を震わせる。そのことが酷く恥ずかしく感じられ、思わず目をきつく瞑った。

「そう……っン、だよ……ッ」

 視界が遮られた分、皮膚は刺激を過剰に増幅させてしまう。楓の言葉に、自然甘い響きが混じる。

「でも、……楓、気持ち良さそうだよ。僕ので擦られて……ここ、感じてくれてる?」

 欲を孕んだ低い声で囁くように問われれば、雁首で執拗に弄ばれた胸の突起から全身へと、たちまち淫らな疼きが広がっていく。下腹ではすっかり勃ちあがった性器が、直接的な刺激を求め震えている。

 そこへ手を伸ばしてしまいたかった。一気に扱きあげ、目が眩むほどの快楽に浸りながら精を吐き出したい。けれども、凪の身体が邪魔をして、触れたくとも手が届かなかった。凪とて、楓の反応から、その欲求を把握していないはずがない。普段なら、黙っていても楓のすべてを汲み取ってくれるというのに。

「気持ちいいよ楓……、僕だけのために、こんなに敏感に先を尖らせて……」

 凪はひたすらに、柔らかな胸の肉と硬くしこった尖りを犯し続けている。

 一方的に欲をぶつけられることが、こんなにも辛いことなのだと、楓は初めて知った。これまでは、そんな空虚な感情を抱く間もないほど、彼に愛されていたのだとも。

「や、も……凪、ばか、も……やだぁ……」

 胸が破裂しそうなほど苦しくなり、押し出されるように目尻から涙がぽろぽろと溢れていく。そうなってようやく凪が動きを止め、指で滴を拭いとった。

「ああ、楓……泣かないで。気持ちいいことしかしないよ、怖くない、大丈夫」

 頬に、唇に、何度も唇が落とされる。情欲の混じらない、あやすようなキス。普段通りの彼だ。ようやく楓は安堵した。

「…………してよ」

 凪の身体にすがり、ぽつりと呟く。ようやく肌に触れた彼の温度が酷く心地好い。

「うん、何でもしてあげる。楓のして欲しいこと。だから――」

 ――おねだりしてみて?

 とびきりの甘い声で囁かれ、背筋が震えた。

 彼の目的をようやく察知した楓の頬が、一瞬で朱に染まる。

「――ッ! ばか! 早くおれのも気持ちよくして……!」

 羞恥に思わず凪の胸を押し返し、顔を逸らした。

「もー、ほんとやだ……」

 こどもにするように、凪の指先が楓の髪を優しく撫でる。毛先が掬い上げられ、そこに小さく音をたてて口づけられた。微かなリップ音が楓の鼓膜をくすぐり、頭の中をぐずぐずと溶かしていく。

「可愛い楓。いいよ、一緒に気持ちよくなろうね」

「や、ちが……、そこじゃないぃ……!」

 言葉とは裏腹に、求めていた場所よりもっと奥、きつく締まった窄まりに不意に指を挿し入れられ、楓は思わず悲鳴に近い懇願の声を上げていた。性器が大きく震える。今すぐに欲望を吐きだしたくて堪らないのだ。しかし楓の腰は、本人の意識に反してゆるゆると揺れ、凪の指を飲み込もうとしている。

「違わないよ。中から擦られるの、好きでしょ。楓は。……ほら、もう柔らかい」

 潤滑剤を使った様子もみられないのに、凪の指は二本、三本といとも簡単に数を増やし、後孔の内側でバラバラに動く。それによって、自らの肉壁の淫らな蠢きが、嫌でも感じ取られる。

「っ、ぅ~……」

 指が抜かれ、代わりに凪の熱が押しあてられた。

「声、我慢しないで、楓」

 切羽詰まった、余裕のない声だった。

 怒張が一気に楓の最奥を貫く。

「――ひ、ぁああアっ……!」

 腰が跳ねる。喉が反る。触れられもしていない性器が脈打って精を放つ。白濁で汚れた身体が小さく痙攣した。筋肉の急激な収縮は、凪の劣情を激しく煽るのに充分すぎた。

「ッ、く、」

 いまだ精を吐き出し続ける楓の腰を掴み、凪は激しく抽送を繰り返す。額から滴る汗が、楓の肌のあちこちに飛散する。

「や、も……、そこ、しちゃ……ダ、メ……! もれちゃ――ッ」

「は、楓、楓、かえで……ッ!」

 互いに熱に浮かされたように言葉を漏らす。

 凪が力強く、腰を打ち付ける。捩じ込むように、奥へ。息を詰める。性器が瞬間、膨張し、体内に射精した。

 同時に、楓の性器からも、体液の射出が起こる。白濁ではなく、透明なそれは、勢いよく噴射され、互いの身体やシーツを濡らした。

 二人分の荒い呼吸音だけが、室内を支配する。

 焦点の定まらない視界。身体の上に重なる恋人の体温と脈動だけが、世界のすべてであるような錯覚。今はそれだけで、楓にとっては充分すぎる幸福だった。

(了)

       
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