単発/読切

  • 偽星に願いを

     すべてを悪い夢にしてしまいたかった。 『――悪い。それだけは、無理だ』  しかし彼の声は確かに耳の奥にこびりついていて、その残響が僕の胸を鋭く何度も切りつけている。  鈍重な足取りで、一体どこをどう…
  • 月読堂のドアベルは鳴らない

     喫茶月読堂のドアベルは鳴らない。繁華街に類する立地ではあるが、大通りに面していないため一見客はほとんど入らないし、珍しく来店者があっても、あまりに活躍できないそれは、すっかり錆び付いてしまっているの…
  • 不純文学

    『純文学』という言葉が嫌いだ。芸術的価値のある作品こそが至高かつ純粋なる文学の形なのだと云いたげな、高尚ぶった響きが鼻持ちならない。  そもそも、私自身物書きであり、書いているものは『純文学』にあたる…
  • 赤い目覚め

     触れることのできないその赤を、私は美しいとさえ感じた。その感覚は、まさに赤い目覚めであっただろう。  三角錐を逆さにし、そこから角という角を奪い去り、上向きになった底の部分を発展途上の少女の胸部のよ…
  • 喫茶店の街

     私が初めて喫茶店というものに入ってみた時、そこの主人はあからさまに嫌そうな顔をして「イヤホーンは外してくれないか」と告げた。  その言葉に、自然と眉根が寄った。 「イヤホーンなんて、してませんよ」 …
  • イトマキニンゲン

     アパートを出て、駅に向かうまでの道のりで、『今日はいやに人通りが少ないな』と、なんとなくは思っていた。本当に『なんとなく』だ。けれど、両耳は音楽プレイヤーから伸びたイヤーフォンで塞がれて、外の音なん…
  • 年神さまにおねがい

     今年の夏、妻と離婚した。役所に届けを出したのは、丁度結婚十年目の記念日のことだった。  原因は明らかに僕にあった。毎日、毎日、仕事のことだけを考え、家庭のことなど省みたこともなかったのだ。ただ、妻と…
  • 明く年

     しんと冷えた夜の空気が、開け放った窓から流れ込み、私の体を包んだ。肺の奥まで凍えるような外気は、ぬるま湯に浸かったようにぼんやりと浮かれ現実感を失っていた私の脳を、すぐに覚醒させてくれた。覚醒すれば…
  • 織女星の涙

     七月七日、七夕の夜。 空に眩く輝く天の川に祈れば、願いが叶うという。  幾多の星が帯状に並び、そうして成された大河を眼前に望みながら、織姫は大きく溜息を吐いた。  織機の椅子に腰掛け、細く白い足をぶ…

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