その他
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偽星に願いを
すべてを悪い夢にしてしまいたかった。 『――悪い。それだけは、無理だ』 しかし彼の声は確かに耳の奥にこびりついていて、その残響が僕の胸を鋭く何度も切りつけている。 鈍重な足取りで、一体どこをどう…
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月読堂のドアベルは鳴らない
喫茶月読堂のドアベルは鳴らない。繁華街に類する立地ではあるが、大通りに面していないため一見客はほとんど入らないし、珍しく来店者があっても、あまりに活躍できないそれは、すっかり錆び付いてしまっているの…
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不純文学
『純文学』という言葉が嫌いだ。芸術的価値のある作品こそが至高かつ純粋なる文学の形なのだと云いたげな、高尚ぶった響きが鼻持ちならない。 そもそも、私自身物書きであり、書いているものは『純文学』にあたる…
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赤い目覚め
触れることのできないその赤を、私は美しいとさえ感じた。その感覚は、まさに赤い目覚めであっただろう。 三角錐を逆さにし、そこから角という角を奪い去り、上向きになった底の部分を発展途上の少女の胸部のよ…
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喫茶店の街
私が初めて喫茶店というものに入ってみた時、そこの主人はあからさまに嫌そうな顔をして「イヤホーンは外してくれないか」と告げた。 その言葉に、自然と眉根が寄った。 「イヤホーンなんて、してませんよ」 …
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イトマキニンゲン
アパートを出て、駅に向かうまでの道のりで、『今日はいやに人通りが少ないな』と、なんとなくは思っていた。本当に『なんとなく』だ。けれど、両耳は音楽プレイヤーから伸びたイヤーフォンで塞がれて、外の音なん…
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監視
真っ白な部屋で、それを監視することが、ここでの僕の仕事だった。 それとは、目の前に置かれた巨大な強化プラスチック製の箱に収容された被験体だ。今日の被験体は、茶色く汚れたぼろ布のような衣服を身に着け…
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幻覚
視覚とは、本当に見えているものだけを捉えているわけではない。これまでの経験を元に、脳が勝手に補足している場合もあるそうだ。さらに、思い込みによってありもしないものが見えてしまうこともあるのだという。…
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鼻をかむ
ひどい頭痛だった。一週間ほど前から、右側頭部が鈍く痛むのだ。同時に目の奥をぐじぐじとほじくられるような嫌な感じもしていた。それも右目だけだ。 体の不調は、まず喉の違和感から始まった。次いで鼻水が出…
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仕事
錆びついた鉄扉の鍵穴に、同じく錆びつき今にも折れそうな鍵を差し込み、素早く回した。かちゃりと軽い音がし、作業服の男はノブを回して手前へ引く。 「うわっ」 開いた扉と一緒に、真っ赤な塊がごろりと転が…
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