単発/読切

  • 最期の色は

     無様に横たわる僕の心を救ったのは、穏やかな春の陽射しだった。  まだ幼かった頃に走り回った田園風景。思春期の甘酸っぱい秘め事を心に宿したまま過ごした校舎。期待に胸を膨らませて降り立ったターミナル駅。…
  • 遠出

     ふと、どこかへ旅に出ようかという気になった。一週間ほど肌寒い日が続いたのが、今日になって突然暖かな陽気になったものだから、つい窓を開けて庭を覗いたのがいけなかった。  冬独特の軽く乾いた鋭利な感触に…
  • ひとを殺した小説

     私は、もうずっと長い間、旅に出たかった。どこの街へという明確な目的地があるわけではない。ただ、輝くような青い海と空を見たいと思っていた。  小説家として生計をたてはじめてから十五年の間暮らしているこ…
  • 救いがないならせめて、

     角の丸い石が、そこら中にごろごろと転がっている。適当な大きさの石を拾い、それを僕は目の前に積み上げている。  すぐそばには大きな川が穏やかに流れていた。空は青くなく、紫のようなピンクのようなオレンジ…
  • 僕が囁くのは絶望

    「きみが壊したんだ」  かつて自分自身が立っていた場所を、その男は焦点の合わぬ目でぼうっと眺めていた。  僕はそんな彼の背後に静かに立ち、その耳元でそっと囁いた。  彼は振り向かなかった。ただ、背筋を…
  • 君はフェンスの向こう側

     吹き上げてくる風が鉛のように重い。深く息を吸えば、どろりとした陰気な空気が肺を満たす。元より気怠かった体が、一層重鈍に感じられた。けれどそれとは裏腹に、膝から下は羽のように軽い。それだけが、今の私に…
  • 沼底に沈む

     それは沼底に沈んでいる。沼底の、きらきらと輝きまたどろりと粘つくような手触りの、腐臭の染みついた汚泥の中に、手のひらで包み込まれるようにして、確かにそれは埋もれているのだ。  ***  すべてのもの…
  • カエルの死骸

     アスファルトの敷かれた道路の上で、カエルが死んでいた。情けなく手と足を広げた格好で、ぺしゃんこになっていた。車に轢かれたのであろう。口からはピンク色の内臓が飛び出していたが、それも体同様に潰れている…

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