小説

  • 迷い犬を手懐ける方法

     暴力はすべてを支配する。  酸漿ぬかづき仰生あおいは、暴力を信仰していた。  彼が初めて他人に暴力を振るったのは、十二歳の時だった。  仰生は両親の顔を知らない。物心つく前から施設で育ち、施設の職員…
  • 偽星に願いを

     すべてを悪い夢にしてしまいたかった。 『――悪い。それだけは、無理だ』  しかし彼の声は確かに耳の奥にこびりついていて、その残響が僕の胸を鋭く何度も切りつけている。  鈍重な足取りで、一体どこをどう…
  • 掃き溜めに蜜

     六月の夜の闇が、じっとりと影を踏む。  午後八時、家路につく少年の足取りは酷く重い。ありもしないぬかるみに踏み入っている心地すらした。  予備校から遠ざかっていくにつれ、歩道に面した建物が減っていく…
  • 金魚救い

    「また?」  立ち止まった俺の隣で、彼が呆れ混じりの溜息を吐いた。  足元には浅い水槽。屋台骨にくくりつけられた提灯の淡い橙色が、水面にちらちらと反射する。  きらめく水の中で、いくつもの黒や朱色のヒ…
  • 罪悪と懐古の底で

     とっくに廃校になったと聞く小学校のそばに、その店はあった。建物全体としては、民家のようでいて、しかし一階部分はガラスの引き戸を左右に開け放たれ、ごちゃりと物が並んだ棚が、外から丸見えになっている。 …
  • 変わらずに、変わりゆく

     つけっぱなしのテレビで流れているのは、年末の忙しない商店街の様子。しかし、それを伝えるレポーターの声はほとんど聞こえてこない。限界までボリュームを絞っているためだ。  そもそもこの部屋で、まともにテ…
  • 彼は月になりたかった

     山あいの集落は日暮れが早い。高い山が、地平線に沈むより先に太陽の光を遮ってしまうからだ。秋ともなれば、それはなおさら顕著になる。  狭い農道の周辺には、既に稲刈りを終えた田が広がる。刈田特有の、稲わ…
  • 祭囃子にいざなわれ

     駅前に存在したのは、確かに日常の風景だった。  地下鉄を入谷で降り、地上に出たのは夕方五時。駅周辺を行き交う人々は、足早に各々の目的地へと急ぐ。  それらを尻目に、住宅の多いエリアを十分ほど歩けば、…
  • 名無しのウサギは如何に啼く

     飼い主が死んだ。彼の目の前で。  違法な薬物に溺れ、結果、惨めに老いた裸身を晒したまま、皮膚の弛んだ胸元を掻きむしりながら、苦しみ悶えて死んでいった。  ざまあない、と思いはすれど、彼はそれを声には…
  • 【試読】死んだ 彼女は 摩周湖で

     僕の手を握る彼女はへどろ色をしていた。  彼女だけではない。彼女の背後に建つぼろアパート、ところどころひび割れたブロック塀、その上をゆったりと歩く野良猫、雲ひとつない空、そうして彼女にひかれる僕の手…

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